第63話 あやまちを質す戦い

 腕を構えた力人から放たれたのは白煙だった。疾風のごとく迫りくる白煙は一瞬にして炎司の視界を奪っていく。


 だが――


 目くらましは一度食らっていた炎司は視界を一瞬にして視界を奪われても焦ることはまったくなかった。炎司は地面を強く踏み込むと同時に爆風を発生させ、白煙を吹き飛ばしたのちに空中へと離脱する。


「さすが」


 背後から声が聞こえた。その直後に炎司の首を刈り取るべく斬撃が放たれる。炎司は反射的に腕に炎の力を終結させて防御したのちに、振り向きざまに踵を叩き込む。炎司の踵はなにか硬いものに接触した。手ごたえはない。


 そのまま炎司は炎の力を放出して追撃を図る。斜めに放たれたそれは、空を切り裂きながら進んでいく。力人に襲いかかる炎の斬撃を、彼は大きく横に飛び退いて回避し、宙を蹴って炎司に向かってくる。その両腕は、以前と同じく禍々しい巨大な刃物に変化していた。


「こういうのはどうかな?」


 力人の腕は不気味な音を立てて形状が変化する。無数の細いワイヤーのような形状だった。細いワイヤーのように変化した力人の腕はあらゆる方向から炎司に襲いかかる。


「ぐ……」


 上下左右あらゆる方向から襲いかかる細いワイヤーのような腕に炎司は身体のいたるところを切り裂かれた。切り裂かれては傷が癒え、また切り裂かれる無間地獄のような状態が続く。


 しかし、炎司は身体の上っ面を切り裂かれた程度で止まることはない。この程度、蚊に刺されたのと同じだ。炎司は腕から力を放って、自分の周囲に出現していた細いワイヤーを一気に吹き飛ばす。夜に閉ざされた大学の構内に轟音が響き渡る。


「そう簡単にはやられてくれないね」


 炎司から十五メートルほど離れた場所に飛んだ力人は腕を失っていた。だが、そこに悔しさや苦痛といったものは感じられない。どこか満足そうに見えた。


「それにしても闘争というものは実に楽しい。これほどいい緊張感に襲われることは他にないだろう」


 力人がそう言うと、根元から失われていた腕が再生した。


「欠損した自分の身体が目に見える速度で再生するというのはなかなか奇妙な感覚だ。だけど、それほど悪いものじゃない」


 そう言って力人は再生した腕から『なにか』を放った。炎司に向かって放たれた『なにか』を腕に飛んで回避する。宙を蹴って、力人に向かおうとした、その瞬間――


 炎司の身体に『なにか』が引っかかった。その感触で炎司は動きを止める。なんだ? そう思ってまわりを見渡すと――


 炎司のまわりに出現してきたのは、頼りない街灯の光を反射してきらきらと煌めくモノ。動きを封じられているわけではない。だが、これを切るのは危険だと炎司の本能が告げていた。


「ははっ、もう遅い!」


 力人は自分の腕から出していた『なにか』を切り裂く。すると、切り裂かれた場所から黒い炎が発火して――


 炎司のまわり数メートルが黒い爆熱に襲われた。夜の闇よりも濃い黒い炎の爆熱はあたりにあった酸素をすべて呑み込み、触れたものを一瞬で蒸発させていく。それは悪魔のごとき暴虐であった。


 黒い爆熱とともに出現した黒煙が晴れていく。


 炎司は、青い炎の壁に包まれていた。しかし、炎の壁を持ってしても、力人が放った必殺の一撃を完全に防ぎきることはできなかったらしい。身体の至るところが焼けて、爛れていた。


 それでも、炎司は止まらない。焼け爛れていた部分は一瞬にして再生し、炎の壁に包まれたまま力人へと突撃する。


 距離を詰めた炎司は力人をつかみ、そのまま下に投げつけたのち、無数の炎の球を発射した。


「これで……」


 終わったか、と言おうとしたところで――


 その瞬間、炎司の鍛えられた危機察知能力が働く。横に飛び退こうとしたが、遅かった。炎司の左足に『なにか』が突き刺さる。不気味に蠢く、触手のようなものだった。そこから迫ってくるのは、自分の身体を食われる感触。


「ち……」


 危険を察知した炎司は手刀で自らの足を太ももの付け根から切り落とした。切り裂かれた足は下へと引きずり込まれていく。切り落とされた足はすぐに再生を果たした。


 力人は炎司が切り落とした足を無造作に持っていた。


「思い出したよ。僕はなにかを捕食すれば、その力を使えるようになるんだ。これを食えば、僕の力はさらに増すだろう。その再生はいつまで続くんだ? ほら、まだ終わっちゃいないぞ」


 力人がそう言うと、無造作につかんでいた炎司の切り落とされた足が咀嚼音とともに飲み込まれていった。


 その直後、力人から感じられる力がさらに強まったのが感じられた。

 くそ、と炎司は歯がみする。


 炎司の身体を食えば食うほど奴は強くなっていく。これ以上、自分の身体を食わせるわけにはいかない。片方が素足になった炎司は、地面に着地し、構え直す。


 炎司は強く地面を蹴りこみ、力人との距離を詰める。距離を詰めた炎司は、炎の力を込めた掌底を放った。しかし、それは、力人の腕に防がれてしまう。炎司の一撃を防いだ力人は後ろに飛び飛び退き、腕から『なにか』を取り出し、放り投げた。


 炎司の目はわずかに宙に投げられた『なにか』に向かう。それは、三本の試験管だった。中にはなにか液体が入っている。炎司は少し躊躇したのち、試験管を食らうのはまずいと判断して、もう一度地面を蹴って力人との距離を詰めた。


「その思い切りのよさ、いいねえ。さすがだよ。やっぱりきみはプロフェッショナルだ」


 笑う力人に炎司の掌が突き刺さった。それは鳩尾を貫き、常人であれば身体の中身がすべてミンチになる一撃。その攻撃を受けてもなお、彼は笑っていた。けたけたと。それは、どこかで見たことある狂気のように思えた。


 胴への一撃で動きを止めた炎司は、力人の肩に触れる。そこには、彼の身体とは別の脈動か感じられた。これが――『残骸』か。炎司はわずかな間を持たせたあと、それを引き抜こうとする――


「おいおい。気を付けたほうがいいぜ。さっき僕がなにをやったのかわかってるのか?」


「なに?」


 炎司がその真意を問おうとした瞬間、背後から『なにか』にかみつかれ、そのまま力人から引きはがされてしまう。


「な……」


 炎司の胴にかみついていたのは巨大な口だけが存在する怪生物。怪生物は炎司にかみついたまま高速で移動する。このまま移動させられるのはまずいと直感した炎司はかみついた怪生物に肘を叩き込んだ。怪生物の身体は炎司の肘によって身体の半分が吹き飛んで消滅した。


 こいつが先ほど力人が投げた試験管から出現したのであれば、あと二体はいるはずだ。あれを放置したまま力人と戦うのはまずい。先に始末しておかなければ。怪生物から引き離された炎司は地面に着地する。夜の闇に紛れて、怪生物の姿は視認できない。


「――――」


 右から唸り声が聞こえた。それを察知した炎司は右方向に向かって炎を放つ。口だけの怪生物は炎司によって放たれた炎によって焼き払われて消滅する。


「――――」


 次は上から聞こえた。炎司は後ろにステップして怪生物の攻撃を回避したのち手刀を叩き込んだ。両断された怪生物は夜の闇に融けて消える。


「やっぱり、雑魚じゃ時間稼ぎにもならないね」


 力人は他人ごとのように拍手をして炎司に賞賛を送った。


「でもまあ、僕の窮地を救えたのも事実だ。さあ、続けようか」


 不気味な音を立てて力人の身体は変形していく。先ほど見た、あの男のようにグロテスクな音を立てて人ではない『なにか』へと変質していった。


 それは、生物とも機械とも取れない奇妙な姿。

 力人は、自分を倒すために――さらに『残骸』の力を引き出したらしい。

 戦いは――まだ終わらない。

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