第65話 復活する悪夢

 最悪の事態が起こってしまった。炎司は目の前に現れた木戸大河を注視する。力人の身体を奪って蘇った彼女はいつか見たときとまったく同じように狂気の笑みを浮かべていた。間違いであってほしいと思うが、炎司の記憶に鮮烈に刻まれたあの狂気を見間違えるはずもなかった。


 だが、これはあり得ることであったのは確かだ。力人が手に入れたのは、『扉』と同化を果たした別世界の木戸大河の一部なのだから。


「いやー身体があるっていいよねー。本当に不自由してたんだから。ねぎらって欲しいところだよ。それにしてもこいつ馬鹿だよねー。私の一部を使って人類にさらなる発展を与えるなんてできるわけないじゃん。だって私だぜ? いや、でも、彼のおかげで私はこうして復活できたわけだし、これ以上悪く言うのはやめておこうか」


 大河は大仰な口調で言う。


「それにしても久しぶりだね炎司くん? こっちの世界では元気にやってる? まあ、元気じゃなかったらこんなことやってないよね。きっと退屈していたと思うけど、私が来てあげたからそれも終わるぜ。これからもっと楽しいことを起こしてあげるつもりだからさ。退屈なんてしていられないよ。安心しろよ。私が最高の娯楽を用意してやる」


 炎司はなにも返さない。無言のまま大河を注視している。


「あれーだんまりかよー。そりゃないぜー。せっかく愛しい私が出てきてあげたんだからさ。もっと喜んでよ。それともなに? この街でいま起こってる程度のことじゃ満足できないわけ?」


 じゃあ、楽しいショーでも開催しようか、大河はそんなことを言った。


「というわけで、炎司くんがこの程度ではつまらないようなので、私はそれにお応えしてあげました。なにをしたかと言いますと、『残骸』の影響下にある者たちに命令を出しておきました。近くにいる者を殺せってね。これで少しは街も賑やかになるでしょう。どうしたのー炎司くん。そんな怖い顔しちゃって? もしかして不満だった?」


「どうして……お前はこんなことをする?」


 炎司は重々しい口調で大河に問いかけた。


「どうしてって、特に理由なんてないけど? ただ、私はサービス精神が旺盛だから、平和すぎて退屈な日々を過ごしている炎司くんに楽しんでほしいだけだよ。それともなにがけったいな理由とか必要なの? 必要なくないそんなの? そんなこと言ったら生きてる理由だってないじゃん。理由も意味もなく生きてるんだから、意味もなく殺したってもいいでしょ? 人間のやることにいちいち意味なんて求めてたら発狂して死んじゃうぜ? まあ、私はもう人間じゃないけど」


 どうする――炎司は悩んだ。


 あの大河が、『残骸』の影響下にある者たちに「目の前にいる者を殺せ」と指示を出したのは間違いない。このまま時間が経てば経つほど、事態はより悪化していく。


 だが――


「あれー炎司くん、行かないの? もう殺し合いは始まってますよー。早くしないとみんな死んじゃうよー。ここで私と大人しくお話なんてしてていいわけ? ひっどい奴だなあ。炎司くんってばどこの誰とも知らない馬の骨を守るために戦ってるんじゃなかったんですかー? ま、私に背中を見せたら容赦なく攻撃するけど。なにしろこっちは焼き尽くされて殺されてるんだし。やられっぱなしってわけにはいかないじゃない? すごく痛かったんだぜ、焼かれるの。そりゃもう、言葉じゃ言い表せられないくらい」


 大河を放置するのは危険すぎる。


 そもそも――復活した大河がすべての元凶なのだ。なによりもまず先に、大河をどうにかできなければ、この事態は永遠に終わらない。


「ふーん。行かないんだ。炎司くん、そういうとこドライだよね。割り切ってるっていうかなんというか。もうちょっと悩んだりしているところ見てみたかったんだけどなー。私としても、炎司くんをどうにかしなければ好き放題できないわけだし、都合がいいと言えばいいけどね。


 それじゃ、私たちだけで遊ぼうか。せっかく復活したわけだし、楽しめるときに楽しまないとね」


 大河はそう言って地面を踏みつける。踏みつけると同時に地面に広がったのは黒い波動。炎司は、すぐにそれが危険なものであると察知して後ろに飛び退いた。すると、地面を伝ってきた黒い波動が結晶化して、鋭い棘となって隆起する。隆起する黒い波動は炎司を追尾していく。回避しきれない、そう思った炎司は宙に飛び上がった。


「へえー、空なんて飛べるんだー。すごいね。というかズルくない? こっちは地に足つけているのにさ。別にいいけど。戦いにズルもくそもないし」


 隆起した黒い棘が砕けた。砕けたのちに細かい無数の棘となって炎司に襲いかかる。炎司は宙を蹴って無数の小さな棘を回避しようとするが、全方位に広がった細かな棘は次々と炎司の身体に突き刺さっていく。


「く……」


 炎司は炎を放って襲いかかる細かな棘を迎撃する。しかし、幾千とも幾万ともつかない無数の棘をすべて焼き払うことはできなかった。腕に足に腹に背中に、細かな棘が突き刺さる。一つ一つは小さく、傷自体はそれほどではないが、炎司の身体の中に次々と異物が入り込み、着実にダメージが蓄積していった。炎司は、身体中から炎を放出し、身体に残った棘と襲いかかってくる棘を一気に焼き払った。


「そう来なくっちゃね」


 背後から大河の声が聞こえた。炎司は反射的に蹴りを放つ。


 だが、炎司の蹴りは大河には当たらなかった。炎司の蹴りを回避した大河はさらにもう一歩距離を詰める。蹴りを放って伸び切った炎司の腿に杭を突き刺した。鋭い痛みが炎司を襲う。炎司の腿に杭を突き刺した大河はすぐに懐から離脱する。大河は、悠然と空に浮かんでいた。


 炎司はすぐに腿に突き刺さった杭を引き抜いたのちにそれをすぐに燃やした。刺さったまましておくのも、捨てるのも危険だと判断したからだ。杭が抜かれた腿の傷はすぐに癒えていく。


「へえー。空飛ぶのってこんな感覚なのか。悪くないけど、それほど面白いわけでもないな」


 大河の口調は興ざめした、と言いたげな口調であった。


「でもまあ、できることが増えるのはいいよね。よかったね炎司くん。私も空が飛べたよ。これで一方的な戦いにならないで済むね。ほら、喜べよ」


「…………」


 炎司は、なにも返さない。

 この大河に、どんな言葉を返してもなにも意味はないとわかっているからだ。


「ほら、来いよ正義の味方。遠慮なんてしなくていいんだぜ。私ときみとの仲じゃないか。まわりがどれだけ破壊されようと、殴り合おうじゃないか。私がいないと、きみだって退屈だろう?」


 戦いは――さらなる深みへと踏み込んでいく。

 夜明けは、まだ遠い場所にある。

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