第13話 作戦会議

『それでは、作戦会議を始めよう』


 炎司が再び目を覚ましたのち、十分ほど経過してからノヴァはそんなことを言い始めた。


「作戦会議って……どうして?」


 よく自体が呑み込めないまま、炎司はベッドにもたれかかった。


『お前も昨日の戦いで少し慣れたようだからな。気を引き締めるためだ。少し慣れてきたときが一番まずかったりする』


「…………」


 ノヴァからそんなことを言われて、『まあ大丈夫だろ』なんて思っていた自分を自覚した。なんというか、見事にこちらの性質を見抜かれているというか――なんだか複雑な気分である。


「……俺のこと、よくわかってるよね、ノヴァ」


『なにを言っているそんなの当たり前だろう。お前と私は一蓮托生だ。そんな相手のことをよく理解しておかないでどうする?』


 ノヴァから、一切恥もなくそんなことを言われて、炎司はこっぱずかしくて無言になってしまった。ここまで誰かに信頼されたというのは、いままでの人生でなかったように思う。


『まあ、そんなことはいい。これが済んだら今日も出て〈扉〉を破壊しに行くぞ。そうなれば当然、〈裏側の住人〉とも戦うことになる』


 その言葉のあとに、3Dホログラムマップが部屋の中に出現する。相変わらずどのような原理なのかまったくわからないが、これを見ても驚かなくなってきた。


 ごくり、と炎司は唾を飲み込んだ。


 自分は再び、あの異界と化した街に、そして人外の怪物と戦うのだと思うと、恐怖と緊張感が複雑に混ざり合った感情が湧き上がってくる。


 部屋に出現した3Dホログラムマップに目を傾ける。そこには、三つあるマーカーのうちの一つにバツ印がついている。これが昨日破壊した『扉』なのだろう。


 他の二つはそれぞれ逆方向にあった。このマップはこのアパートを中心に構成されている。縮尺はどれほどなのかわからないけれど、それほどの距離はないように思えた。


『一つ、お前に言っておくことがある』


 ノヴァは改めて真剣な口調になって言った。


「なに?」


『この街に出現している〈裏側の住人〉だが、少し妙だ。進化が早すぎる』


「……そうなの?」


 炎司はノヴァの言葉に首を傾げる。


『ああ。お前が寝ている間に昨日の二度の戦闘のデータを確かめていたのだが、最初はともかく二度目は、明らかにヤツらはお前に対応していた。いくらヤツらが全体の記憶を共有しているとしても、一度や二度でああはならないはずなんだが』


 確かに、言われてみれば二度目のヤツは明らかに動きが違った。記憶を共有しているから、そういうものだと思っていたけれど、ノヴァの口ぶりからするとそうではないらしい。


『こうなると、今日外に出れば確実に発生するだろう三度目の戦いは厳しいものになるかもしれない。私もできる限りサポートするが、お前が相手をしている〈裏側の住人〉はどこかおかしいというのを忘れるな』


 うん、と炎司は頷く。


 いま出現している『裏側の住人』はなにかが違う――その言葉には確かな不吉さを感じられた。


 しかも、『裏側の住人』と戦い慣れているはずのノヴァの想定外のことが起きているという。


 だが、炎司にできることは、与えられえた自分の力とノヴァを信じて――『裏側の住人』を倒して、『扉』を破壊することだけだ。それ以外に道はない。


『街の侵食具合に関しては大きな変化はない。が、もうすでになにか異常を感知している者がいる可能性がある』


「もう『裏側の住人』に襲われる人が出てきてもおかしくない?」


 あんなものに、普通の人が襲われると思うと、ドライアイスをぶちまけられたかのように心が冷える。


『ああ。その可能性は否定できない。まだ認識できないとはいえ、あの異界に浸かっているのだ。徐々に体質が変質して、異界と化した街を認識できるようになってもおかしくない。特に現代は夜でも人が出歩いているからな』


「…………」


 その言葉で炎司の緊張はさらに高まった。


『そんな深刻そうな顔をするな。いまの段階では異界になった街を認識できたとしても、その多くは断片的にしかできない。〈裏側の住人〉も同じだ。いまのお前と同じように認識できるような人間は多くないだろう。


 だが、この街には三十万近い数の人間がいる。普通の人間でありながらお前と同じレベルまで認識できてしまう人間がいてもおかしくないが――』


「……なんとか、できないの?」


『一度見つけられれば、アテをつけられるが、なんの手がかりもなく三十万の人間から特定の性質を持った人間を見つけるのは不可能だ。なにしろ私にはお前以外の人間を見分けられないからな。自慢ではないがね』


「…………」


 冷酷に告げられた事実に炎司は押し黙った。


 人の見分けがつかないという言葉に驚愕する。そうだ。彼女は人を超えた存在なのだ。あんなにうじゃうじゃいる人間の区別がつかなくて当然じゃないか。炎司が蟻の区別ができないのと同じように。


『しかし、この段階で〈裏側の住人に〉に襲われている人間がいたとするなら、それは間違いなくこの異界を認識できる奴だ。もし、それを発見したら私の方でマークしておいてやる』


「……ありがとう」


『何故感謝をする? そんなこと当たり前だろう? もしかして私が大きなものを救うためには多少人間が犠牲になってもいいと考えてると思ったのか?』


 ノヴァは青く綺麗に輝く髪を揺らしながら抗議する。


『悪いが私は強欲でね。救えるものは救うというのはモットーだ。無論、一切の犠牲を許容しないというわけではないが、地球を救うのであれば、そこに住むものだって救うものではないかな?』


「ああ、そっか。そうだよね」


 ノヴァのその言葉を聞いて炎司は少しだけ安心した。


 ノヴァは『裏側の住人』倒し、『扉』を破壊するためには、人間の犠牲を厭わないわけではないのだ。救えるのならば救うと、そう言っている。


『それではそろそろ外に行ってやることを済ませるぞ。なにか質問はあるか?』


「いや、大丈夫」


 炎司は首を振って立ち上がった。


 部屋からは、この街の風景は普通にしか見えない。


 だが、ここから一歩出れば、そこには誰にも知られずに異界と化した街が広がっている。


『もう一度言っておくか、これからお前が戦うことになる〈裏側の住人〉はどこか異常だ。それを忘れるな。通常の五割増しは強敵であると思え。いいな?』


「わかってる」


 五割増しだろうが十割増しだろうが、どちらにしたって自分には戦う以外の道は残されていないのだ。


 靴を履いて扉を開けて外に出る。


 一歩出た途端、異界はすでに広がっていた。あらゆる場所に黒い塊が付着し、地面には黒い水が流れ溜まっている異常な世界。炎司は一度、深呼吸してから、階段を下りる。階段を下りきると、膝ほどの高さまで押し寄せている黒い水の中を掻き分けて街を進んでいく。


「そういえば、『扉』は二ヶ所あるけど、どっちに行くの?」


『そうだな――どちらも距離的には変わらないが、南側に行こう。もたもた歩くな。急いでいくぞ。無駄な戦闘はしたくないだろう?』


 ノヴァの言葉に「そうだね」と首肯して、炎司は夜の闇と黒い水を切り裂きながら全速力で進み始めた。

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