第87話 決着の先は……

 圧倒的な熱と衝撃の嵐が消えると、そこに広がっているのはなにもない空間。それを見て、私は彼を打倒したのだと確信した。


「ははは……」


 私は思わず笑いをこぼした。


 地球の力を借りている守護者を打倒したのだ。人として、『裏側の住人』として、これは間違いなく偉業である。私のようなちっぽけな存在が、巨大な存在を打ち倒したのだ。笑いがこぼれるのも当然であろう。私はこれで、より強くなった。


「残念なことに、彼を捕らえることはやはりできなかったか。捕らえるとなると、地球との接続を断たなければならないからな。彼ほどの守護者を相手にして、そんなことはやっていられまい。負けてしまっては元も子もないからな」


 私は宙を歩きながら言う。


 障害は打ち倒した。これで私は存分に彼女の復活を見届けられるだろう。


 彼女がこの世界に再び復活したらどうなるだろうか? それを考えるだけでも心が躍る。なにしろ『扉』を食って融合した彼女だ。きっと、この世界をとてつもなく愉快なものに変えてくれるのは明らかだ。街一つだけではない。『扉』と融合した彼女を百パーセント復活させられたのなら、この世界中を目茶苦茶に凌辱してくれるだろう。その世界が、待ち遠しい。


 さて、まずは彼女たちを回収しなくては。せっかくの戦利品だ。私の目につくところに置いて、経過を観察してみるところから始めよう。私は空から落ちて地上に着地する。幼気な彼女たちは、何事もなかったかのように眠っていた。


 彼女の復活は時間がかかることが予測される。であるならば、こちらの娘を『裏側の住人』に食わせるのが先か。それならば、五分と時間はかからない。先に済ませられるものを済ませて――


 その時、上空から感じられたのは強烈な気配。私は、振り向いて、夜空を見上げる。そこには――


「わずかな微粒子からでも再生を果たすか守護者!」


 上空に浮かんでいるのは、全身が青く輝く炎に包まれた彼の姿。その姿はまるで、夜空に出現した救世主のよう。かなりの距離があるはずなのに、ここからでも圧倒的な威圧感と圧迫感がある。


 まさか、反物質をぶつけても殺しきれないとは。守護者という奴はどこまでもデタラメな存在だ。『裏側の住人』である私が言うのもおかしな話ではあるが。


 私は宙に飛び上がった。そして、自分のまわりに歪みを出現させ、黒い剣をいくつも射出する。彼は、動かない。


 黒い剣が迫っても、彼はまだ動かない。微粒子から再生を果たしたことで、まだ状況がつかめていないのだろうか? それならありがたいが、そうとは言い切れない。だが、いまの彼は間違いなく危険だ。先制できるのであれば、先制したほうがいい。


 黒い剣は夜の闇を音もなく引き裂きながら飛翔する。彼は動かない。やはり、まだ自分になにが起こったのか理解できていないのだ。この期は逃してはならない。飛翔する黒い剣はすべて彼の身体を貫いた。身体を幾本もの剣に貫かれても、彼はまったく微動だにしない。私は、すべての剣を爆発させた。


 しかし――


 黒い剣の爆発は、彼の身体を一切傷つけることはなかった。爆発をまともに食らったにもかかわらず、彼の腕も足も胴も無事だった。なにかの力で、防御しているのか?


 私を視認した彼は宙を蹴り、下にいる私に向かって突撃する。それは、巨大恒星が迫ってくるかのような圧迫感と熱量があった。私は楯を出現させ、彼の進行を阻んだ。彼の身体が楯に触れる。楯越しから感じられる圧倒的な熱量。私が保存しているエネルギーで編んだ楯が徐々に蒸発していった。ただ、触れているだけなのに。


「ぐ……」


 上から圧し込まれる形になった私は、徐々に下へ下へと追い込まれていく。この状況を脱さなければまずい。私は半分近くが蒸発した楯を押し込むと同時に爆発させて後ろにバックステップして距離を取る。楯の爆発をまともに食らった彼はまったく動じることはなかった。ダメージを受けているようにも見えない。


 やはり、彼を倒すにはもう一度彼の一部を利用して作った反物質が必要か。幸い、彼の身体の一部はまだ一つ残っている。これを、どうにかしてぶち込めれば――


 私は、彼を見た。


 青く輝く炎の化身と化した彼はとても美しかった。倒さなければならない敵であるのが惜しいと思ってしまうくらいに。だが、倒さなければならない。彼は、私の目的を阻むために戦っているのだから。


 いいだろう。これは残酷な神とやらが人間である私に与えられた試練だ。これを乗り越えれば、私はさらに上へと昇りつめられる――


 私は、彼の身体の一部で作った剣を引き抜く。距離は、二十メートルほど。先ほどと違って、高さの差は存在しない。私は宙を蹴り、彼に接近する。一瞬で剣の間合いへと入り、青白い剣を振るう。


 青く輝く炎を纏った彼は、私が放った斬撃を片腕で防御。羽虫を払うかのような動きだった。当然、彼の身体には傷一つついていない。それでも私は攻撃をやめることはない。何度も何度も何度も、剣を振り下ろし、振り払い、斬撃を放つ。だが、そのことごとくは彼に腕に阻まれた。


 私の斬撃を弾いた彼は、さらに一歩距離を詰める。剣の間合いの内側。徒手の距離。彼は、青白い剣を持つ手に手刀を放ち、熱したバターを切るかのように私の腕を切り飛ばした。それから、切り飛ばした腕に向かって青く輝く炎を放つ。それにより、私の腕と青白い剣は影も形も残らず蒸発する。その圧倒的な熱量に、私は久々に恐怖を感じた。


 当然、彼は腕を切り飛ばしただけでは止まらない。返す刀で、貫手を放ち、私の心臓を――


 肉が潰れる音と焼ける匂いが感じられた。私は人間であって人間ではない。心臓を潰された程度では死なないが、このまま、彼が身に纏う熱を放ったら、私は一切の欠片も残ることなく消滅するだろう。


「いいのか?」


 私は彼に問いかけた。


「私を殺していいのか? 私を殺すと、よくないことが起こるぞ」


「なにを言っている。お前がいたほうがよくないことが起こり続けるだろう。殺すより他にない」


 彼は冷徹に言う。その身に纏う熱さとは裏腹な口調だった。


「確かにそうだ。私が生きていれば今後ずっとよくないことが起こり続けるだろう。だが、私を殺してもきみにとって厄介なことになるぞ」


「脅しのつもりか」


 彼は腕に込める炎の力を強める。もうすでに、私は首より下の感覚がまったくなかった。


「脅しではない。事実だ。きみは私の力がどういうものかわかっているはずだろう?」


「…………」


 彼は答えない。答えるまでもない、という顔をしていた。


「そんなの知ったことか。さっさと消えろ」


 彼は腕から一気に炎の力を放つ――


 私の身体はその熱量によって消えていく。幾年も生き続けた私がここで終わるというのに、恐怖はまったくなかった。


 私は、有限ではあるが膨大なエネルギーを保存している。その膨大なエネルギーを保存しているのは私の能力だ。


 そこで、一つ問題。


 膨大なエネルギーを保存している私が消えてしまった場合、一体なにが起こるでしょう?


 考えるまでもない。答えは一つ。


 行き場を失ったエネルギーが放出される。

 そう。

 災厄が溢れ出すぞ。

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