第79話 狂気の男の目的

「火村くん」


 炎司が待ち合わせ場所に辿り着くと、すでに文子はやってきていた。


 なし崩し的に文子も一緒に来ることになってしまったけれど、大丈夫だろうか。なにしろ相手はイカレているうえに人外の存在である。あのルナティックが、文子に気を遣ってくれるとは思えない。一人ぐらいなら守れると思ったものの、本当に守れるのだろうか。心配になった。


「どうかした?」


 文子は一歩近づいて炎司の顔を覗き込んでくる。


「いや、なんでもない。大丈夫。ちょっとおかしなことになってるから、緊張しているだけ」


「そっか……そうだよね」


 文子は暗い顔をする。友達の家にわけのわからない変な男が押し入っているのだ。彼女こそ不安だろう。


 ルナティックは、なにをするつもりなのか。この世界の大河は普通の子のはずだ。彼女が、別世界の大河と同じだと思っているのか、それとも――


「ねえ、行く前に一つ訊きたいんだけど」


「なに?」


「木戸ってどんな娘?」


 文子は、間違いなく自分よりも大河のことについて知悉しているだろう。なにか、わかればいいのだが。


「どんなって、言われても、普通の娘だよ」


「実家と折り合いが悪いとかって聞いてる?」


「ううん。そんなことないよ。実家との関係はいいみたい。今年の初めも実家に帰ってたし」


「そうか」


 そうなると、この世界の大河は普通の娘だ。別世界の大河は家庭環境が劣悪だった。それが原因でおかしくなったのだと考えると、彼女は大丈夫だ。


 だが――


 この世界では、絢瀬力人が残骸の力を引き出した結果、別世界の大河が一度蘇っている。そのことを考えると、絶対に起こり得ないとは言えないだろう。そう考えると――


 ルナティックの目的は、別世界の大河を蘇らせることなんじゃないか? その答えに気づいた時、炎司の背筋にぞわりと嫌なものが走った。


 ルナティックと別世界の大河が一緒になったらどうなる? 想像するのも嫌になるくらい、よくないことが起きるのは明らかだった。


「木戸の家はどこ?」


「あそこの角を曲がった先のマンション」


 文子はそう言って先を指さす。


「わかった。それじゃ、行こうか。危ないかもしれないから、金元は俺の後ろにいて」


 炎司がそう言うと、文子は炎司の後ろにつく。恐ろしいのか、炎司の服の裾を弱々しくつまんでいた。


 自分が前に立っていれば、目の前でなにか起こってもなんとかなるだろう。少なくとも、楯にはなる。


 歩き出そう、とした瞬間、目の前から何者かの姿が目に入った。その何者かは、なにかを担いでいて――


 夜の明かりで輝く金髪が目に入った。


「おお。来てくれたのか、坊や。嬉しいよ。これからきみは歴史的な出来事を目撃することになる。こんなの、普通に生きてたら二度と見れないことだぜ。喜んで欲しいな」


 ルナティックの口調はやけに高揚している。自分の目的を達せられると思っているからだろうか。このまま地面を蹴ってぶん殴ってやりたかったが、大河を押さえられている以上、下手に動くことができないのがもどかしい。


「あなたは、大河になにをするつもりなんですか?」


 炎司の横から顔を出して、文子が言う。その言葉は、自分も言おうとしていた言葉だった。


「なにを? 決まっているだろう。彼女を依り代にして、別世界の彼女を蘇らせるのさ」


 この世にこれ以上楽しいことはないと言わんばかりの口調で喋るルナティック。奴が言葉を発するたびに、この夜の闇に奴の狂気が混ざっていく感じがした。


 炎司の胴にしがみついている文子のことを覗いてみた。彼女は、ルナティックがなにを言っているのかまるで理解できていないらしく目を白黒させていた。


「蘇らせるって、どうやって……」


 この街に流れついた『残骸』は完全に消滅させた。あれがなければ、別世界の大河を復活させることなんて――


「確かに『残骸』は消滅した。きみによって一切の欠片も残らすにね。だが、『残骸』を持っていた男がなにをしていたのか忘れてしまったのかな?」


 そう言って、ルナティックは担いでいた大河をそっと地面に下ろした。大河が、気を失っているのか、ぴくりともしない。


「どういう……ことだ?」


「『残骸』を持っていた男、絢瀬力人と言ったか。彼は、自分が手に入れた『残骸』の一部をこの街にばら撒いていた」


「それが、どうした?」


「本体が消えたことで、そしてきみが『残骸』の力を無効化したことで、この街にいる彼ら彼女らの中にある微量の『残骸』は無意味なものになった。


 だから、私はこの街にいる彼ら彼女らに残されている微量の『残骸』を回収して集めて、ここにいる彼女に注入してやれば、別世界の彼女が復活できると思ったのだ」


 ルナティックは歪みから複雑な色をした『なにか』が入ったアンプルを取り出す。


「な……」


「おや、そんなの無理だって顔しているね? いやいや坊や、想像力が足りていないよ。この現実というものは我々の想像をはるかに超えた存在だ。きみや我々のような存在がいるようにね。なにしろこの世界では彼女の復活は一度起こっている。一度起こった以上、二度目が起こらないという決まりはない。それに、これは彼女本人のものだ。本人のものである以上、なにかしら起こるだろうさ」


 ルナティックは饒舌に喋りながら複雑な色をした『なにか』が入っているアンプルを首に当てる。


「やめろ!」


「ばーか。やめるかよ。これで私の目的が達せられるというのに、やめるわけないだろう」


 ルナティックは大河の首にアンプルの針を刺し、その中身を注入した。


「木戸!」「大河!」


 炎司と文子はそれぞれ大声を上げる。大河に視線を向ける。


 だが――


 大河は、特に変わっている様子はない。異物を注入されても、変わらず気を失ったままだ。


「ふむ」


 興味深そうに大河の顔を覗きながら、ルナティックは声を発した。


「どうやら、失敗だったようだ。いや、失敗というか、即効性がなかっただけかな。まあどちらでも構わん。この手段では彼女を復活させられなかったようだ。今後はどうなるかわからんが、すぐに効果を表すわけではなさそうだ。しばらく経過を確認してみないとなんとも言えないな。実に残念だ」


 残念、と言ったものの、その言葉面からはまったく残念そうには聞こえなかった。


「さて、そうなると、私は彼女が蘇るまでの経過観察をしなければならないことになる。そのためにはきみを排除しなければならないな」


 よし、と言って、ルナティックは再び大河を担ぎ上げる。


「というわけで、きみたちは邪魔だ。さっさと消えてもらおう」


 ルナティックのまわりに四つ歪みが出現する。そこから、黒い『なにか』が飛び出してきた。それは、炎司の文子を狙っている。炎司は文子を突き飛ばして、襲いかかろうとした黒い『なにか』を自分にかみつかせた。


「ひ、火村くん!」


「俺は、大丈夫だから、早く逃げて……」


「ほう、庇うとはなかなか美しいな。そういうことなら私も期待に応えてやらんこともない」


 ルナティックが言うと、黒い『なにか』は一気に急上昇し、そのまま炎司を街のどこかへと投げ捨てた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます