第10話 続く戦闘

「――――」


 どこの言語とも似つかない『裏側の住人』の咆哮。


 今度現れた『裏側の住人』は先ほど戦ったものとは形状がまったく異なっていた。人型をしている。


 しかし――


 それはあくまでも人に近い形をしているだけでしかない。とても雑に作られたマネキンのようだ。なにしろ、モザイクの塊が人に似た形になっているだけなのだから。


『くるぞ』


 ノヴァの言葉が聞こえるとともに、人型をした『裏側の住人』は一切の音も立てることなくこちらに飛び込んでくる。半秒にも満たない時間で『裏側の住人』は炎司に接近し、その腕を剣のように変形させて、その首を刈り取る一撃を放つ。


 だが一度、命のやり取りを経験したばかりの炎司にはその直線的な動きをかわすのは容易かった。反射的に首を逸らすとともに後ろに飛び退いて斬撃を回避する。空気が切り裂かれるのが間近で感じられて、回避できたものの、肝を冷やす思いだった。


『ヤツらは自分を認識できる者を優先的に狙ってくる。ヤツらの目的は人間を殺すことじゃない。人間を奪い、捕食し、こちらの存在になり代わることだ。さっきも言ったが、大抵の怪我はすぐ治るが、ヤツらに身体を食われたら別だ。そうなったら再生できんからな。できることなら、身体の一部が食われるのも避けろ。ヤツらはすべての情報を共有している。先ほど、お前の身体の一部を食った情報はもう伝わっているはずだ』


 こちらの身体を食われれば食われるほど『裏側の住人』は強くなる、ということか。しかも、一個体が獲得した情報を他の個体も共有しているとはなんてでたらめだ。ぞくり、と先ほど首を狙った斬撃をかわしたときとは別の悪寒が背中を這っていった。


「――――」


『裏側の住人』は唸り声をあげる。ヤツらが言葉とはとても思えない声を発するたびに、あたりの空気が汚染されていくように思えた。


 こちらから、いくしかない。炎司は地面を蹴り一気に加速し、弾丸のごとく『裏側の住人』に接近する。相手の懐に潜り込み、渾身の右ストレートを放つ。


 ところが、『裏側の住人』は至近距離で放った渾身の右ストレートをバク宙とともに回避した。


 まさか、こんなことができるなんて。炎司は『裏側の住人』が見せた卓越した動きに驚きを隠せなかった。


 それから『裏側の住人』は体勢を整えて、腕を刃へと変化させ斬撃を放つ。


 相手の動きに驚いてしまった炎司は防御が遅れてしまう。


 やばい――危機を実感した途端、時間の流れが急に遅くなった。が、それは自分の感覚のみで、身体がついてこない。間に合わない。風を切り裂きながら炎司の首もとに迫る斬撃を受けるしかないと覚悟した瞬間――


 自分のまわりに、青い炎の奔流が溢れ出し、斬撃を放っていた『裏側の住人』ごと吹き飛ばした。


『油断するな』


 次に響いてくるのはノヴァの冷静な声。それを聞くと、何故か炎司の心は安心していく。


『ヤツらは、先ほどの鈍重な個体ばかりではない。あの程度されたくらいでいちいち驚くな』


 炎司に向けられたのはきつい叱責。だが、その叱責を受けても苛立ちは感じなかった。なにしろ、一度目の戦いを終えて、「自分ならできる」なんて思って、少し油断しかけていたのは事実だったからだ。


 炎司は向き直って『裏側の住人』を注視する。


 人とは似つかない、生物とすらいえない存在だけど、ヤツらも進化をするらしい。しかも、全個体の情報を共有しているから、その進化はとても早いのだろう。先ほどの戦いでの情報はすでにいま相対している敵にも流れてきているのだろうか? こちらからでは、それはわからないけれど、先ほどの戦いの情報がいずれすべての個体に伝わるのは時間の問題だ。であるなら――


 ワンパターンな戦法はあいつらには通用しない。向こうが情報を共有して進化をしていく。ヤツらと戦う自分も、ヤツらと同じくらい――いや、ヤツらよりも早く自分をアップデートしていかなくてはならない。


 どうする――

 それに対抗するにはなにをしたらいい?

 なにか手段はないのか?

 なにか――


 焦りが生まれ始めたその刹那、こちらの焦り始めたのを狙いすましたかのようなタイミングで『裏側の住人』は一瞬で距離を詰め、斬撃を放ってくる。


 だが、焦りが生まれていたとはいえ、何度も同じ攻撃を食らうほどうろたえてはいなかった。身体を反らせて、頭部と胴体を切り離さんと放たれた斬撃を回避する。


 しかし――


「がっ……」


 次の瞬間、感じられたのは腹部の痛み。痛みが走った箇所に目を向けると、そこには『裏側の住人』の手が深々と突き刺さっていた。どうやら、斬撃を放った逆の手で同時に攻撃を行っていたようだ。


『裏側の住人』の腕をつかんで引き抜こうとするも、圧倒的な力で押し込んでくるために突き刺さった腕を引き抜くことができない。じわり、となにかが広がっていく感じがした。それがまずいものであると直感し、刺さった腕を引き抜くのではなく、手刀を放って、押し込んでくる手を切断した。『裏側の住人』の腕を切断するとともに、なにかが広がっていく感触は引いていく。


 脇腹のあたりに突き刺さった、切断された『裏側の住人』の腕を乱暴に引き抜く。一瞬だけ鋭い痛みとともに鮮血が噴き出すが、その痛みと傷はすぐに消え、身体は再生していった。


「いまのは……」


 と、先ほど感じられた得体のしれない感触をノヴァに訊いてみる。


『ヤツはこちらを〈食おう〉としていた。こちらにはかなりの抵抗力があるから、さっきのようにすぐに切り離してしまえば問題ない。が、食らわないのが一番だ。あのような状況になったらまずは自分の身体とヤツらを切り離せ。無理に競り合おうとして、侵食されてしまうほうが問題だ』


「わかった」


 腕を切断された『裏側の住人』はやはりどこの言語とも似つかない呻き声を上げながら動きを止めていた。その隙を逃さずに炎司は再び地面を蹴って突撃する。


 いくらこっちに強力な再生能力があるといっても、長引けば長引くほどこちらが不利なのは明らかだ。


 だから、『裏側の住人』との戦闘は短期決戦が望ましい。


 なら、どうする?


 こちらの手の内を知られる前に、『裏側の住人』を倒す方法――


 いまの炎司が、ヤツらと戦うために二度目の生を与えられたのならば――

 全個体で情報共有するヤツらの進化速度に対応できる手段があるはずだ。


 思い出せ。


 ふとそこで、たびたびノヴァが言っていた言葉を思い出した。


 どうして、思い出せと彼女は言っていたのだろう。


 と、そこで炎司はあることに気づく。


 戦い方なんてまったく知らなかったはずの自分が、どうして戦えているのだろうかという疑問だ。


 無我夢中になった程度で、いままで経験のないことができるようになるとは思えない。


 思い出せ。


 再びノヴァの言葉が頭に浮かび上がる。


 自分がこうやって理外の存在と戦えているのは、二度目の生とともに与えられた能力の一つではないのか?


 なにかが、つかめそうだ。


 距離を詰めた炎司は、距離を詰めたときの運動エネルギーを利用して今度は蹴りを放った。その動きは曲芸を超え、物理法則を無視しているかのようだ。そんな動きを――当たり前のように『できている』自分を炎司は認識した。


 蹴りを食らった『裏側の住人』はそのまま紙切れのように吹き飛んでいく。ギャグマンガみたいな速度で壁に激突する。だが、実体がないためか、あれほどの速度でぶつかったのにもかかわらず、壁が損傷するどころか、音一つも立てることはなかった。


「――――」


 それでも、確実にダメージを負っているのか、壁に激突した『裏側の住人』は動かない。それを見て、炎司はとどめを刺すべくもう一度『裏側の住人』に向かって突貫する。今度はただ地面を蹴るだけではなく、足もとから炎を噴出させていた。炎によってただでさえ強力だった加速がさらに強いものになり、あまりの速度に加速を行った炎司の視界すら歪むほど強烈だ。


 ――できる。

 そんな確信があった。


 自分は間違いなく戦える。ノヴァが言っていたことは本当だった。


 ――思い出せ。

 そう自分に言い聞かせた。


 戦うための記憶は、もうすでに知っているはずだから――


 圧倒的加速度によって視界は歪んでいたものの、戦えることを思い出した炎司は、動きを止めている『裏側の住人』を逃すはずもなく――


 あの扉を壊したときのように両腕に力を込めて、壁に張りついたまま動きを止めている『裏側の住人』に向かって思い切り押し込んで――


 青い爆炎とともにあたりを一瞬だけ煌々と照らして――

 その輝きが消える、『裏側の住人』の姿は影も形もなくなっていた。


 やった――そう思うと安堵からか、全身の力が抜けて、炎司はその場所に両膝をついてしまった。


『よくやった。まさか初日でここまでできるようになるとは私も予想外だ。今日はもう休め。休息は大事だからな』


 優しげなノヴァの言葉が聞こえてくる。


「ここで、休んじゃ駄目かな?」


『構わんが、また戦うことになるぞ。いいのか?』


「う……それはもう今日は勘弁……」


『ならさっさとここから離れるぞ。お前のアパートは私の力によって安全地帯になっているからな』


 そうなんだ――と言おうとして、意識が途切れかけて、なんとかそれを押し留めた。


 今日はもう帰ろう。

 休むのは、自分の部屋に帰ってからでいい。

 炎司は自分にそう言い聞かせて、自宅アパートまで帰路についたのだった。

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