第34話 グランドバトル

「はははは! でかいっていいよねーやっぱー」


 巨大な集合体と化した大河は嬌声を上げながら暴虐をまき散らしていく。それはもはや、炎司を狙っているとは思えなかった。見境なく、彼女のまわりにあるものを壊している。


「このっ……」


 炎司は巨大な集合体と化した大河に一撃を放つ。ずぶり、と嫌な音を立てて、炎司の腕は巨大な集合体にめり込んだ。


 しかし、先ほどまでは伝播したはずの炎は思うように伝わらず、すぐに消えてしまった。


「くっ……」


 燃えにくい。このわずかの間に、こちらの炎に対抗してきたのだろうか。


 充分あり得る。いまの大河にはどんな奇想天外なことも起こり得る存在だ。なにしろ、『裏側の住人』と同化しても、『裏側の世界』に続く『扉』と同化しても自身を保っていたのだから。


 ずぶり、とめり込んだ腕が思い切り引っ張られる。その力はいまの炎司であっても対抗しきれないほど強い力であった。このままでは呑み込まれる。炎司は一瞬だけ躊躇し、めり込んだ腕を切り落としてその難を逃れた。切り落とされた腕の方は嫌な音を立てて巨大な集合体へと埋もれていった。


「いいねえ。なかなか悪くない味だよ炎司くん。さすが、『裏側の住人』と戦ってるだけある」


 すでに大河の身体はどこにも存在しない。なのに、はっきりと声が聞こえてくる。いや、目の前にいるこの巨大な集合体が彼女と同一なのだろう。彼女はとっくに怪物と化した自分を受けて入れている。


「ふむ、きみの力がそういう風になっているのか。興味深いね。ちょっとやってみようか」


 そんな声があたりに響くと同時に、炎司の本能は警鐘を鳴らした。さっと飛び退いて距離を取る。放たれたのは真っ黒な奔流。炎司は自身に炎を纏わせて、とっさのところでそれを防ぐ。それは、まわりにあるものをすべて焼き尽くす地獄の炎。一瞬で巨大な集合体のまわりは焦土と化した。


「んんー。なかなかいい感じ。でも、これをやっちゃうと楽しむ前にみんな死んじゃうなあ。どうしよ。困ったもんだ」


 巨大な集合体は大河とまったく同じ声で残念そうに言う。


「ま、うまくやればいいか。何事も工夫が必要だし、最初はうまくいかないもんだ」


 不気味に蠢く巨大な集合体から、『なにか』が複数体落ちてくる。不定形のそれは不気味に蠢きながら炎司に襲いかかってきた。


 だが、いまの炎司にとってその程度敵ではない。襲いかかってくる不定形の怪物をすべて一撃で倒していく。


「ふーん。やっぱりザコじゃいまの炎司くんは倒せそうにないねえ。まあいいや、それなら」


 巨大な集合体は自分の身体から再び『なにか』を飛ばした。攻撃かと思って身構えたものの、飛ばされたそれらが炎司の近くに落ちてくることはなかった。


「もっと街を楽しくさせてあげようと思って。適当なのを街中に放って上げたよ。このまま放置しておくと、どうなるだろうね。炎司くん」


 新たな怪物が街に放たれた。だが、この巨大な集合体を倒さずにここを離れるわけにはいかない。


「あれー? 助けに行かないの? ひっどいなあ。誰かを護るために戦ってるっていうのに、困ってる人を見捨てるなんてー」


 人としての原型がなくなっても、人の形を保っていた頃と変わらずに挑発を続けている。


 どうする――

 少しずつ焦りが生まれてきた。

 早くなんとかしなければ、街はさらに混沌に包まれる。


 いや、このまま時間が経てば、この街だけでは済まないだろう。近隣の街にもこの混乱が波及し、いずれ世界中に――


 駄目だ。そんなことは考えるな。自分がここで食い止めればいいだけのことだ。これ以上はあいつに好き放題やらせない。


「ほら、助けに行ってもいいんだぜ。遠慮なく後ろを向けて見ろよ。ま、向けたら容赦なく殺すけど」


 巨大な集合体はそんな声を発すると、身体中に目が出現する。その目から一斉に黒い光線を放った。炎司はとっさに炎で防御したものの、貫通力に優れた光線は何本かが炎の壁を貫いた。炎司の身体の至るところに自身の身体が焼ける痛みが感じられる。貫くと同時に焼いたようで、血はまったく出ていなかった。


「この……」


 炎司は掌から炎の弾を放出して黒い光線を放つ目をできる限り潰した。


 だが、目は潰しても潰しても至る場所に出現する。


 身体中に百はあると思われる目が一斉にこちらを向いた。炎司に狙いを定めるとともに黒い光線を放ってくる。先ほどとは違って明らかに指向性を持っていた。自分のまわりに回避するスペースもなく放たれたそれは炎で防御するしかなかったが、貫通力に優れた黒い光線は、当然炎の壁を貫いて炎司の身体を焼いていく。


「がっ……」


 全身を細いもので貫かれる痛みが走った。思わず膝をつきそうになる。


 止まるわけにはいかない。


 自分がやられたら、誰がこの混乱を治めるというのだろう。

 自分がやらなくては。


 そうしなければ、大河のイカレた欲望のせいでもっともっと人が死ぬ。

 そんなこと、あってはならない。


 でも、あんな巨大なものをどうやって倒す? いままでのように簡単には燃えてはくれないのに。


 どうする? またしても炎司の頭の中はそれに支配され、だんだんと焦りを生んでいく。


 倒せる。


 不意にそんな声が聞こえた。誰の声かはわからない。だけど、どこかで聞いた覚えのある男の声だった。


 いまのきみは、ノヴァを介して地球と繋がっている。その力を引き出せばいい。地球の力は強大だ。それはきみもわかっているはず。きみはいま相対しているあの娘と同じだ。繋がっている先が違うだけで。だから、倒せない理由はない。


 男の声は確信に満ちていた。炎司があれを倒せることをまったく疑っていない。どうして、そこまで自分なんかを信用できるのだろう。


 信用するさ。きみはノヴァが認めたのだ。彼女が認めたのならば、それだけできる男だっていうことさ。これでも彼女、人を見る目はあるのだよ。


 男は冗談めかした声で言う。そう言われると、何故かそんな気になってくるから不思議だ。


 弁を開けろ。まだきみはそれを開けきっていない。


 そして、人であることも忘れろ。相手はとっくに人であることをやめている。あれを倒すのであれば、同じく人であることをやめなければならないだろう。


 人をやめる。

 それがどういうことなのか、炎司にはよくわからない。


 だが、人であったままでは大河は倒せないと思うのも事実であった。


 弁を開けろ。


 もっと深く。もっと遠く。もっと力強く。その先にある――人間から見れば無限に等しい力を引き出してみろ――


 そうすればその怪物にだって勝てるはずだ。


 そうだ。それでいい。健闘を祈る。


 そんな声が最後に聞こえて――

 炎司は、炎そのものと化した。


「へえ。すごいじゃんそれ」


 聞こえてくるのは大河の挑発的な声。一体どこから聞こえてくるのかわからなかったけれど、とにかく音は聞き取ることができるらしい。


 炎司は地面を蹴る。巨大な集合体に向かって突撃する。


「ははっ、近づいてくるわけ? さっき自分の身体が呑まれかけたこともう忘れちゃったの?」


「呑まれない。呑めるものなら呑んでみろ」


 そのまま焼き殺してやる、なんて言葉を残し、炎司は両手を巨大な集合体に埋めて、星の力を一心に解き放つ。痛みは一切、感じなかった。


「え?」


 燃えろ。

 燃えろ。

 燃えろ。


「この……」


 大河のうろたえる声が聞こえた。それでも炎司は止まらない。


 燃えろ燃えろ燃えろ。

 もっと熱く。もっと激しく。

 この狂気に満ちた極悪だけは――

 地球から引き出した力をすべて使って燃やし尽くさなければ駄目だ。


「はは。マジかよ。こりゃ無理だわ」


 大河の、そんな軽い声が聞こえたのち――


 炎司のはなった炎は、世界を作る四つの力が区別されなくなる温度まで上昇し、炎司のまわりに超常の世界が垣間見えたところで途切れる。


 あとにはなにも残っていなかった。


 すべての力を出し尽くした炎司はそのまま尻もちをついた。炎そのものと化していた自分の身体はもとに戻っている。引き出した力を使い切ったからそうなったのか、他に理由があったのかはよくわからない。


「終わった……のかな?」


『ああ。終わった。あのイカレ女は完全に消滅した』


「そっか……」


 自分は大河を殺してしまったのか。


 殺すしかない。そう思っていたのに、殺したとわかったあとで残っているのは、なんとも言えない虚無感があった。


「街はこれで大丈夫なのかな?」


『ああ。もうすでに解き放たれた『裏側の住人』の崩壊が始まっている。すぐに地球によって修正されるだろう』


「よかった……」


 炎司は立ち上がって歩き出した。渾身の力を解き放った炎司の足取りはとても重たいものだった。


『どこへ行く?』


「金元のところへ。場所はわかるよね。礼儀を果たさないといけないから」


『……そうか。お前のやりたいようにするといい。私はなにも言わん』


「ありがと」


 窮地は去った。

 だけど最後の戦いが残っている。

 それを終わらせに行こう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます