第20話 急死事件の謎

 意図せずして急死事件の現場に遭遇した炎司たちは、そのまま最寄の警察署まで行き事情を話した。


 無論、炎司たちがなにもしていないのは警察も理解していたので、いくつか現場の状況を訊かれただけだ。


 ノヴァのやつはどうしようかと思ったが、文子と出くわしたときに使った口八丁を警察相手にも堂々と使って切り抜けていた。


 たいして話を訊かれなかったものの、警察署まで行って話をするのなんてはじめてのことだったのでとても疲れた。


 文子たちは、どうなったのかわからない。


 気まずかったこともあって、彼女たちとは顔を合わせる前に警察署を出てしまったからだ。彼女たちも、こちらと同じようにたいしたことは訊かれていないとは思うが――


 警察署を出て、少し進むと、いつの間にかノヴァの姿が消えていた。外に出てきた日にこんなことになって疲れたのかもしれない、なんて思っていると――


『さっきの場所に戻るぞ』


 と、いきなりそんなことを言い出した。


「たぶん警察が調べているだろうから行ってもしょうがないと思うけど」


『中に入れとはいわん。警察に不審に思われん程度に近づくだけでいい。少し、調べたいことがある』


「調べたい……ことって」


 ノヴァに言われるがまま、炎司が先ほどの遭遇した事件現場に向かって再び進んでいく。


 警察署から歩いて五分もかからない距離にある。


 警察が来る前に言った、いま街で起こっている急死事件と『裏側の住人』がなにか関係しているってことだろうか?


 恐らく――いや、間違いなくそうだろう。あそこには、ただ死体がある以上に『嫌な気配』に満ちていた。あの気配がよく知っているものであることに気づいたのは警察署に来てからだ。あれは『裏側の住人』が自分の前に姿を現したときに感じられるものである。


「急死事件と『裏側の住人』が関係あるかもしれないって言ってたけど、いまの段階だと普通の人間には干渉できないんじゃないの?」


『ああ。その通りだ。お前の認識は間違っていない。


 だが――もしヤツらに〈食われた〉者がいるのなら話は別だ』


「食われた……」


 その不吉な言葉に炎司はぞっとする。どう考えたって、それがいい言葉には思えなかったからだ。


『少なくともいまの段階では、〈裏側の住人〉は認識できない。しかし、お前が昨日助けたあの娘のように、この段階でも認識できてしまう人間というのは、数は少ないが確かにいる。


 何十万もの人間が集まっている街にそういったあの娘以外にも他に〈裏側の住人〉を認識できる人間がいてもおかしくない。我々が来る以前に、そういった人間が〈裏側の住人〉に食われていたら、いまの段階でも干渉できるようになる個体が現れる』


「…………」


 ノヴァの言葉を聞いて、炎司は絶句するしかなかった。


 まだ大丈夫と思っていたのに、足もとから足場を外れされたような感じがした。『裏側の住人』と相対して戦うのとは別種の恐怖である。そうだとするなら、この街は、自分が考えている以上に事態が進行しているということもあり得るだろう。


 気がつくと、炎司は先ほどのアイス屋の近くにまで戻っていた。先ほどの裏路地に近づいてみる。警察によって現場は封鎖されていて、現場はまだ何人かの警察官によって鑑識をしているところであった。


『では、少し行ってくるから適当なところで待ってろ』


 現場につくと、ノヴァはそう言って姿を現した。とはいっても、その姿は自分以外には見えていない。堂々と現場検証中の警察官がいる中をノヴァは堂々と進んでいく。


 まわりには事態を聞きつけた野次馬が集まっていて、ごたごたとしていて騒がしい。人が多くて鬱陶しかったので、炎司がすぐにそこから離れた。


 少し離れたところから、野次馬が集まっているところに視線を向ける。平日の昼間なのに、かなりの数の人間が集まっていた。三十人くらいはいるだろう。


 黒羽市の人口は約三十万。三十万人もいれば、文子のように『裏側の住人』を認識できてしまう人間がいてもおかしくない、というのは炎司にも納得できる。


 納得できるが、あまり信じたくない事実でもあった。


 この街で暮らしている普通の人たちの中に、あの怪物に理不尽に襲われてしまう人間がいるのだ。そんなこと嘘であってほしい。


 普通の人も襲える『裏側の住人』がすでにいるとするなら、もうこの街に残されている時間は多くないのではないかと思えてくる。


 いや、すでに人間を食って実体化をしているのなら、他の個体とは違って『扉』を破壊してもそいつだけが残り続けるのではないか?


 そうなると、『扉』を破壊するだけでは炎司の責務は終わらない。『裏側の住人』に食われて、実体化したヤツを見つけ出さねばならないだろう。そうしなければ、『裏側の住人』による街の侵食は止まらない。


 止まらなければどうなる? 街はいずれ、裏側に飲み込まれて、そのまま――


『なにをそんな青い顔をしている』


 気がつくと、ノヴァが戻ってきていた。


「だって……『裏側の住人』に食われた人がいるのなら、そいつを見つけ出してなんとかしなければまずいじゃないか。そいつは普通に人を襲えるわけだし、街の侵食は――」


『そう深刻な顔をするな。確かに、〈裏側の住人〉に食われた者がいると、人間を襲えるようになる。そして、お前が考えている通り、そいつがいれば街の侵食が止まらないのも事実だ。


 だが、〈裏側の住人〉が道理を超えた存在であっても、一体だけで地球をどうにかできるわけではない。地球は巨大だ。人間一人で地球を滅せられないのと同じように、一体の〈裏側の住人〉でも同じように地球レベルの害を及ぼすことはできないのだ。


 一体だけなら、地球が勝手にそいつを修正するだろう。地球にはその程度の修正力はある。だから、お前がそんなことを心配する必要はない。まあ、見つけたのなら早急に倒すべき存在なのは間違いないが。


 我々がやるべきなのは〈扉〉の破壊だ。あれは世界の裏側を際限なく垂れ流し続けるものだからな。一体の〈裏側の住人〉と違ってそこにあるだけで我々の世界を汚染し続ける。物事には優先順位というものがある。それを忘れるなよ』


 ぽんと、ノヴァは炎司の胸を軽く叩いた。


『お前にならできるさ。なにしろお前は二つの〈扉〉を破壊して見せた。二度あることは三度あるとも言うだろう。だから自分の力をもっと信用しろ』


 ノヴァのその言葉は、心から励みになるものだった。炎司の中に湧き上がってきた不安が少しだけ解消されたように感じられる。


「ありがと。で、どうなったの?」


『ああ。誰か〈食われた〉者がいるのは間違いなさそうだ。

 しかし、腑に落ちないところがある』


「なにかおかしなところでもあるの?」


「ああ。〈裏側の住人〉は自身を認識できる者に襲いかかる。その目的は、こちらの世界で干渉する力を強めるためだ。であるならば、あんな風に死体が綺麗であるはずがない。ヤツらと戦っているお前ならそれがわかるだろう?」


 確かにそうだ。


『裏側の住人』に襲われたのなら、あんな風に死体が綺麗に残っているはずがない。炎司以外の人間も襲われたのなら、炎司がされたようなことをはされるだろう。そして、普通の人間が、炎司がされたようなことをされれば、その先にあるのは間違いなく死であることは疑いようもない。


「特殊な個体だったりするのかな? 物理的には傷つけないで、人間を食べる力を持つとか」


『その可能性はあり得るが――どうだろうな。いまの段階ではなんとも言えん。もう少し調べてみんとな。


 だが、それをやる前に〈扉〉の破壊だ。食った個体が被害を増やすのは確かだが、〈扉〉を放置しておけばそれ以上に被害を出す。今日の夜も動くぞ。それでいいか?』


「……ああ」


 勝負は今夜。


 今夜の勝負を生き抜かなければ、この街に襲いくる災厄を止めることはできないのだ。


 なんとしてもやらなければ。炎司はそう自分を奮い立たせるが、不安は消えてくれなかった。

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