第3話 そうだ、岡山へ

 自室に帰ってきたコイルは、部屋の中にわずかにある荷物の確認を始めた。

 半年暮らしたが、食事は宿の食堂で済ませ、休みの日はのんびり寝て過ごしていたので、大した荷物はない。荷物を整理しながら、ゆっくり考える。

 のんびり自給自足が目標だが、これからどこに行くのかが問題だ。

 この町の土地は高くてとてもじゃないが手が出ない。

 近くの村は閉鎖的で、人付き合いが煩わしい。


 この町は生まれた村から一番近い大都市、カンサーイである。王都のトウキョウほどではないが、周辺の町や村を合わせれば100万人近い人がいて、常ににぎわっている。

 魔物の脅威にさらされないよう、町や村は高い塀や城壁で囲まれ、魔道具による結界で守られている。

 ちなみに地理は前世の日本とほぼ同じで、地名は前世と同じものから、由来がわからないものまで様々だ。言葉は日本語。海外との付き合いは、薄い。

 そもそも、城壁に守られている町を出ると、常に魔物の脅威にさらされるので、移動がとても危険だ。転移魔法は、ギフトを持つ人たちと、超高級な魔道具によるものがあるが、一般人に使えるようなものではない。


 カンサーイの城壁内は人口が過密していて、今、売りに出ている土地は家一軒立てるだけで1億と言われている。今家を持っているのは、先祖代々の住人か、お金に余裕のある人たちだ。

 家がなくても安価なアパートはあるので、4人家族の年収が200万あればどうにか暮らせる。危険で引退年齢が低い冒険者の年収が500万くらいからだ。単位は円だが、紙幣ではなく硬貨で、物価は前世と少し違うような気がする。

 この宿の食事は一食100円。寝返りを打てば転げ落ちそうなくらい細いベッドと小さなサイドテーブルが一つあって、部屋代は一泊2000円。宿代に比べて食費は安く、外食産業が盛んだ。




 コイルにも、冒険者としてやっていく手立てはある。ギフトの恩恵で、薬草採取などは安全に行えるので、安定した収入が望めるだろう。このままここに住むことも可能だ。

 だが、自分の土地を持って、のんびり過ごしたいという焦がれるような思いが胸の奥にあるのだ。そして、かつて冒険者仲間に聞いた話が、その夢を現実にするような気がするのだった。


 その噂話は、カンサーイの西に10日ほど進んだ岡山村からさらに一日先に入口がある、森林型のダンジョン「薬草の森」のことだ。

 そのダンジョンの入り口の近くに、デルフの林があるらしい。

 デルフは別名「ツリーハウスの木」と呼ばれ、変わった形をしていて、簡単な加工で家として使える。

「そのデルフが100本くらい生えててよ、こりゃあいいやと思って野宿しようと思ったら、それが矢羽の巣でさ。ひどい目にあったぜ。ははは」

 矢羽は隼型の魔物で、上空から羽を矢のように飛ばしてくる。威力はたいして強くはないが、草原ではよく出る魔物で、かなり高い位置を飛ぶので対処が難しい。

 件の冒険者も、デルフの木に登ろうとしたら一斉に数十羽の矢羽に攻撃されて、辟易したらしい。



 コイルのギフトは、魔物を寄せ付けない。ただし、意志あるものを近付けないだけで、遠距離攻撃を防ぐものではないので、矢羽の攻撃などは通る。だがまあ、巣にしている木をコイルに占拠されたら、他に移動するんじゃないだろうか。


 そして、人の住んでいない土地は、国に届けを出して自由に開拓することができるというシステムがある。

「簡易結界」という杭を買って、その結界で囲まれた土地は、結界管理者の土地とする。

 ただし、5年ごとに、税金として杭一本につき10万円を収めること。杭は最低4本からの購入で、結界を起動するには、隣の杭との距離は60メル以下にすること。


 余談だがメルは距離の単位で、メルの木というのがあって、まっすぐ上に成長して、腰ぐらいの高さになると直角に曲がり、横に伸びるという変な木で、これがちょうど1mくらいの高さだよね。ということで、単位に採用されたものだ。メルの木は上手に育てると生垣にちょうど良いので、どこの家でも境界に植えてある。


 つまり、杭を4本買って、60メルの正方形になるよう杭を打てば、かなり広い自分の土地ができるわけだ。

 ただし簡易結界は小さな魔物は防ぐが、大型の魔物には効かず、杭は城壁の外でしか使えないから、少なくない税金を払ってまで城壁の外に家を持つメリットはあまりない。

 また、杭は一度打ち込むと地中に固定され、特殊な魔法でしか解除できないので、持ち運ぶ用の結界としては使えない。

 国が新しい砦を作ったり、金や人員を充分に持っている貴族や大商人が商売の拠点に大規模に城壁を新築したりして、新しく村を興すときに使われるシステムなのだ。


 コイルは自分のギフトの有用性を理解している。そして、相性の悪い同年代の冒険者と一緒にいるのも嫌だし、何かあったときに絶対にかなわない上位冒険者にいい様に使われるのも面白くない。

 使えるギフトを持っているコイルにとって、一人で開拓するのに必要なのは、ほんの少しの資金とやる気と良い場所だ。

 資金はある。場所も見てみなければわからないが、温暖で災害も少ない地域だという。

 岡山村は古くからあるので「村」と名がついているが、かなり大きな町だ。

 生活に必要な物資は買い出しに行けばよいだろう。

 ツリーハウスの木があるなら、家を建てる必要もない。


「うん。あとは僕のやる気だけだね。それは大丈夫!」

 見るからにひょろくて、気の弱そうな外見のコイルは、案外強かにいろいろと考えているのだった。

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