第14話 秋瞑の進化

 秋から冬へと移り変わろうとする季節、あと一か月もすれば、霧衣の頂上は雪がちらつき始めるだろう。

 薬草の森ダンジョンは、この近隣では一番高い山である霧衣山の南側の中腹からすそ野にかけて広がっている。異空間であるダンジョンと外界との出入り口はすそ野に一か所あるだけで、中腹の第5層から上に登ろうと思っても、そこから上には進めない。普通は。

 今回は一時的に第5層を外と繋げて、そこからコイルたちを霧衣の山頂に向けて送り出すことになっている。


 デルフ村から第6層の淀みの傍に転送されたコイルたちは、数体の魔獣の間をポクポクと歩き回るポックルと再会した。


「ブルルルルッ!」「ひん、ひん」


 エリカの連れている巨大馬ラオウと、小さなロバのポックルが互いに近寄ると、匂いを嗅ぎあって、何か納得したようにまた離れて行った。何を話したのだろう?いつかポックルとも喋れると良いんだけれど、と思う。


 淀みの傍では、再開された第4層でけがをしたと思われる魔獣が数体いたが、そこにはあの、白い羽鹿は居なかった。


「お待ちしていました。マスター」


 背後に立ったのは、美しい銀の髪と4枚の白い羽を持つ整った顔の男。秋瞑だ。


「……秋瞑?秋瞑!」


「マスター、ご心配をおかけしました。もう少し戦えるかと思っていたのですが、鍛え方が足りなかったようです」


「ううん。元気になってよかった!ずっと寝ていたから。……でも、少し雰囲気が変わったのかな?なんだか……若くなった?」


「ふふふ。そうですね。少し若返ったかもしれません」


 そう言うと、秋瞑はその場で獣化して見せた。そこに現れたのは、羽鹿ではなかった。羽鹿よりは一回り大きくなった体、銀色に輝く体毛、2メル近くある立派な白い角、身体に合わせて少しだけ大きくなった羽は4枚ある。

 軽く舞い上がって、コイルたちの周りをふわりと一周飛ぶと、その大きく美しい白い鹿は、再び人化した。


「先日、羽鹿から鹿の王「白王」へと進化いたしました。魔力も充実して、自分でも若返った気がします」


 淀みの傍で体を治しながらずっと眠っていた時も、周りの声は聞こえていたようだ。コイルに手当てしてもらったことにひとしきり感謝をして、コイルもまた秋瞑の無事を喜んだ。


 秋瞑が目覚めたのは、コイルがデルフ村に帰ってすぐのことだったが、その後、各層を見て回り、自分無しでも各層が上手く運営されていることに胸をなでおろした。

 そこで、今回のコイルの旅には、自分も付いて行くと名乗りを上げたのだった。基本的にダンジョンの魔獣は外に出られないが、ダンジョンマスターとそのパーティーは別である。

 インターフェイスはダンジョンマスターとそのパーティーに設定した者をダンジョンから外に送り出し、基本的にはどこからでも、ダンジョンに召還することが出来る。


「コイル様がマスターになってからの、このダンジョンの変化は興味深く、私も自分なりに陰ながら支えてきたつもりではありますが、ほんの数日寝込んだせいで、その役目も他の魔獣たちに恙なく引き継がれてしまいました。かくなる上は、マスターのそばで役に立つしかないと思いまして」


 神妙に言い募る秋瞑ではあるが、コイルは知っている。美しく礼儀正しい紳士に見えるこの魔獣が、ただ面白そうだという理由だけで第2層のステージに乱入して、現在のマイク(罠)の不憫な状況を作り出したことを。第4層で、少しだけ考える力の弱い脳筋族を焚きつけて、闘技場の整備までさせたのは、ただ何となく面白そうだったからだということを。

 今回の旅も、コイルといれば面白そうだと思ったからに違いない。


 とはいえ、普段は魔獣たちに指示を出しているだけに見える秋瞑も、他の魔獣が大人しく言うことを聞くほどの、このダンジョン屈指の実力者でもある。コイルにとっても、気軽に相談が出来る良い仲間なのだ。

 その秋瞑の推薦で、最近氷狼からフェンリルになった残雪も共に行くことになった。

 そしてもう一人……


「私も、今回の旅に付いて行きます」


 淀みの奥から、比較的小柄な(コイルの周りは巨体が多い)女性が現れた。身長は160センチメルほどだろうか。さらっとしたストレートの黒髪で、印象の薄い顔だ。年齢も17と言われればそうかと思うし、35と言われてもなるほどと思う、特に語る特徴のない女性。


「以前から、可視化を提案されていましたので、このような形で一緒に行くことにしました。フェイスとお呼びください」


 それは実体化したインターフェイスだった。

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