第8話 薬師ギルド

 宿の食堂で出される食事は海のものも山のものも豊富で、どれも手が込んでいる。マイだけでなくカガリビも嬉しそうに大量に平らげていた。

 聖域内では特に食事をする必要もないということだが、積極的に食堂など作ってみるのもいいかもしれない。二階層には料理好きもいることだし。コイルはそっと心の中にメモしておいた。


 ところでコイルたち一行は決して観光旅行に来たわけではない。今回の旅の第一目的はマイが人化するために秘薬を探すことだ。


「というわけで、今日は聞き込みをしようと思います。ローズの秘薬は特に必要はないんだけどさ。モミジの秘薬とセットで語られているようなので一応調べとこうとおもうんだ」

「おー!あたしはどうしたらいい?」

「マイは僕と一緒に薬師ギルドに当たってみよう。リーファンとカガリビは二人で一緒に冒険者ギルドとかで聞き込みしてもらってもいい?」

「おっけー」

「うむ。任せるがよい」


 秘薬というからには、公に出回っている情報ではないらしい。

 出発前にデルフの薬師ギルドで聞いたときには、そんな薬については知らないですねって言われた。その代わりにと貰ったものがある。


「おや、紹介状ですか。デルフといえばあの薬草の森に新しくできた村ですね」

「今は薬草と脳筋たちの森って言うんだぜ」

「なるほど。しかしお二人とも薬師には見えませんが、いったい何の御用でしょう」

「ロゼの薬師ギルド長にお話を伺いたいんです」


 紹介状の威力もあって、ギルドの受付のおじさんはあっさりと奥の応接室に通してくれた。ガタイのいいマイに、若干おびえていたからかもしれない。


 ギルド長はちっちゃなおばあさんだった。ニコニコ笑ってコイルとマイに椅子を勧めてくれたので、嬉しくなってしまう。念のために手土産をもってきて良かったな。


「ほうほう。これは魔木ベリーじゃな」

「はい。去年のもので、僕が収獲して乾燥させました」

「丁寧な仕事じゃの。素晴らしいものを、どうもありがとう。してご用件は何じゃろうか」

「ローズの秘薬について聞きたいんです」

「……お前さん、どこでそれを?」


 おばあさんの目が、眼鏡の奥できらりと光る。しかしこれはフェイスさんからの情報なので、言うわけにはいかない。

 しばらくの間黙り込むコイルの様子を見て、ふっと溜息をつくと、ギルド長は重い口を開いた。


「その薬はごく一部のものにしか知られていない、この町だけの秘薬じゃ。しかし紹介状にもくれぐれもよろしく頼むと念入りに書かれている。お前さんらからは不思議な雰囲気も感じるし……ふむ。わしから言えることだけ教えてやろうかの」


 他言無用と何度も念を押して、ギルド長が少しだけ話してくれた。

 ローズの秘薬はこの町の領主が育てているバラから作られる薬だ。

『ムーンレスナイト』は、領主の館だけに育つ特別な品種のバラで、とても珍しくて美しい、黒に近い紺色をしている。これまでに何度か外で育てようとしたこともあったが、他の土地では育ったことがない。

 このバラから採れるエキスには、魔物たちを大人しくさせる成分が含まれているらしく、領主はほんの少ししか採れないそれを大切に管理している。


「じゃから、その秘薬は領主様しか持っておらん。普段は使われずに、いざという時のために城内に備蓄されているという事じゃ。それ以上は領主様お抱えの薬師以外は知らぬはずじゃよ。買おうと思っても買える薬ではないのじゃ」

「じゃあ、この町でも売ってないんだ?」

「うむ」


 ギルド長にお礼を言って、外に出る。

 領主の館まで会いに行っても、きっとコイルに話をしてはくれないだろう。残った時間をブラブラと街を見て歩き、マイと二人でバラのアイスクリームを食べた。やっぱり聖域内の食事はもっと充実させよう。みんなにもおいしいものを食べさせてあげたいと思った。

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