第9話 飛びウサギ島ダンジョン

 リーファンとカガリビが町で聞き込みした結果、ローズの秘薬についてはそもそも誰も知らないということが分かった。その代わり、ロゼに伝わるふたつの薬の情報が手に入った。ひとつはバラの香りの媚薬、もう一つは睡眠薬の一種だ。どちらも一般には普及していない。だから秘薬というならきっとそれだろうという。


「つまり魔物を大人しくさせる秘薬については、全く知られてないんだ?僕が聞いた話では領主の城に備蓄されているらしいよ。緊急時用で使われてはいないから、それで知られていないのかもね」

「ああ。そうかもしれんのう」

「でもちょっと気になる話も聞いたんだよねー」


 リーファンが眉間にしわを寄せながら、ギルドの食堂で聞いたという話を教えてくれた。


「この町とモミジ村のちょうど真ん中くらいの所に、『飛びウサギ島ダンジョン』っていう島があるんだ。そこってちょっと変わってて、魔物が襲ってこないんだよねー」


 飛びウサギ島というだけあって、そこのダンジョンで発生するのは飛びウサギばかりらしい。強い魔物ではないが、もちろん魔物なので普通だったら人を襲うはずだ。けれど大人しい飛びウサギしかいないので、そのダンジョンは一種の観光地のようになっているのだという。


 コイルは薬草の森の飛びウサギを知っているので、分かる気がする。ウサギたちはほんとうに可愛いから。ちょっと生意気で、体も大きくて、ジャンプに自信があって。勝負に勝つと本当に嬉しそうにそのへんを飛び回るのだ。

 そんなウサギたちを見れるなら、きっと良い観光地になるだろう。


 でも、魔物の性質からして、人間に対して憂さ晴らしをしたいはずなんだけど、ちゃんと憂さ晴らし出来てるんだろうか?


「んーっと、そこでは野菜を持って行くと飛びウサギたちが喜んで食べるらしいよ。それで、時々凶暴化する季節があるんだけど、そろそろだからロゼの領主様とモミジの領主様が特別な餌をあげて気を静めるんだって」

「特別な餌……」

「怪しいよねー」


 そこで使われてるのかな。ロゼの秘薬。

 観光目的で?

 それともほかに何か目的があるんだろうか。


「でも、魔物たちが穏やかに過ごせているなら、悪くはないかも」

「けどマスター。ただ餌を貰うだけってのは、つまんねえ気がするぜ」

「そうよの。ほほほ」

「あたしはやっぱり戦いてえなあ」


 基本的に、魔物たちは好戦的なんだ。

 それを大人しくさせて、いったいどんな風になってるのか。


「見に行こうか」

「おっ! マスターもついに、新たなダンジョンを攻略する気になったのか!」

「マイ!」

「あはは」


 一応フェイスさんに、他所のダンジョンに入っても大丈夫か念話で問い合わせてみる。


「はい、マスター。マスターのギフトの効果を最小限に抑えていれば、24時間以内なら問題はないかと思われます。それ以上滞在しますと、そのダンジョンを乗っ取ってしまう可能性があります。また、ダンジョンに侵入した時点でマスターがダンジョン破りと認定されます。カガリビとマイは護衛をしっかりとするように」


 ダンジョン破り。その言葉と共にある苦い思い出が、コイルの胸をチクリと刺した。聖域以外の場所に住む魔物とは、出会えば戦う。それは仕方がないというのは分かっている。けれど……。


「僕はできるだけそのダンジョンの魔物たちを傷つけない方針で行きたい」

「あたしたちは、マスターを守るだけだ」

「そうよの。マスターは好きにすればいいのじゃ。けれど攻撃されれば相手がだれであれマスターを守るゆえ、それを忘れぬようにな」


 大丈夫。ちょっと様子を見に行くだけだ。モミジに行く途中で、コイルは寄り道をすることに決めた。

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