第19話 雑木林を通って移動

「ところで、この近辺で強い主を持つ淀みを知っていますか?」


「ああ。私が知っているのはこの山の上の方だけだが、2つ、大きな淀みがある」


 秋瞑の問いに、金烏のマツが答えた。案内人を手に入れて、やみくもに進まなくてもよくなったことに安堵しながら、一行は野営跡を片付けて次の淀みへと出発した。



 目的地二つのうち最初に向かったのは、山をぐるっと北側に回った所にある淀みだ。獣道らしきものもなく、目の前は背丈ほどの笹薮で覆われている。先ほどまでの紅葉した林から、常緑らしい緑の葉を茂らせた背の高い森で、頭上の枝からは蔦がすだれのように垂れさがり、足元の笹もまた、蔦に巻き付かれてかき分けにくい。少しでも歩きやすいところを探して、斜面を上ったり下ったりしながら前へと進む。

 秋瞑が上空を、天花が木々の間を飛びながら方角を教えてくれるので、どうにか迷わずに進めているような状況だ。


 一時間ほど歩いては適当な場所を見つけて休憩するのを繰り返している。

 丁度昼頃、程よい倒木を見つけたので、ベンチ代わりに腰を下ろして、昼食の時間になった。コイルたちは乾パンと干し肉を食べ、フェイスがささっと近くの地面を均してコンロを置き、スープを作ってくれた。

 食事が必要ないため、どことなく憮然とした表情で立っているマツに、コイルが話しかけた。


「その淀みから生まれている魔物って、鬼熊なんだよね?」


「ああ。と言っても、私が前に会ったその鬼熊が今もいるかどうかは分からない。そこで生まれた鬼熊は大抵、しばらくそこで過ごすと淀みを離れ、山を降りて行くんだ」


「魔物は生まれた淀みをテリトリーにすると聞いたが、離れた魔物はどうなるんだ?」


 ミノルが聞くと、フェイスが答えてきた。


「回復が出来ないだけです。元々、魔物は戦って傷を負っても逃げ帰ることは少なく、淀みで回復する者はあまりいません。低位の魔物は思考力も少なく、ただ人への恨みつらみで動きます。淀みが人里に近ければ、淀みの意思も魔物の行動に反映されますが、人を追って離れすぎれば淀みとの繋がりは切れます」


「私たちはさほど強くもないし、下にダンジョンがあって人の住む地域と遮られていたから、わりと多くの八咫烏が淀みの傍にいたが、それでも多くは、ある程度力を蓄えれば人の住む地域へと降りて行ったよ。山の北側のふもとに向かう者が多かったな。鬼熊は強いし、しばらく居て人が来ないのが分かれば、ふもとに下るようだった。ただ、中には変わり者もいる。私が知っているその鬼熊は、淀みの傍で力を蓄えていた。100年ほど前のことだがな」


「100年って!飛べばすぐ近くじゃん。ねえ?遊びに行ったりとかはー?」


「必要ないからな」


 休憩が終わり、歩きながらぽつぽつ聞いたところによると、興味を持ってあちらこちらを見に行くような魔物は、いずれ淀みから離れていく。マツのように周りに興味を持たず何百年も同じ場所にじっと留まるような性格のものが、ひっそり進化することが多いようだ。

 マツは普通の八咫烏として生まれて、長い年月をかけていつの間にか金烏に変化したらしい。これから行く淀みの100年前の主は、マツよりは後に生まれたのだが、淀みが多くの力を蓄えて生み出した特殊個体らしく、生まれた時から人化のできる鬼熊だった。

 そのころすでに金烏となっていたマツが、珍しく遠出して出会ったとき、少しだけ言葉を交わしたが、その鬼熊はしばらく山で力を蓄えると言っていたので、まだ居るのではないかと思う。というのが、マツの見立てだった。


 100年前、すでに人化出来ていた鬼熊ならば、手強い相手となるだろう。

 夕暮れには少し早い時間だったが、野営できそうな場所を見つけたので、その日は鬱蒼と木の茂った森の中で、静かに夜を過ごすことになった。マツの話では、あと二時間も歩けば、その淀みに着きそうだ。鬼熊のテリトリー内の可能性もあるので、魔獣組に見張りを頼み、コイルとミノルとリーファンは早めに寝ることにした。山歩きにだんだん慣れてきたのと、休みながらの移動だったのでさほど疲れてはいなかったが、このまま移動して夜の戦いになるのを避けたかったのだ。


 マツはまだ昨日の戦闘の影響が残っているので、金烏の姿に戻り近くの木の枝で体を休めている。他の魔獣組は、元々寝る必要もない上にフェイスからの魔力補給で、普段通りの体力を維持している。


 夜は静かに更けてゆき、そして地響きと共に朝が来た。

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