第17話 ギャラリーがひどい

 上空では金と銀の美しい戦いが繰り広げられている。

 秋瞑がしっかりと金烏を引き付けている危なげない動きを確認して、コイルは自分の為すべきことのために動き始めた。




 コイルが弓を下ろして歩き始めると、天花と、人化した残雪がコイルに襲い掛かるカラスたちを手際よく落としていった。ちなみに、人化した残雪の武器は剣である。人化した魔獣たちが持つ剣は、稀に秋瞑のような例外もあるが、半分は冒険者の落とし物、残りの半分はダンジョン内の鉱石を使い淀みの魔力を用いて罠として加工したものだ。残雪が持っているのは後者で、魔力を帯びたその剣は、匠の御業とはいかないまでも、強力な武器である。


 天花と残雪に守られながら、淀みを探すコイル。

 フェイスはコイルの横を自然体で歩いているが、まるで風景のように、カラスたちからは攻撃されずにいた。


「この体は、罠ですから、気配を消すのは当たり前です」


 得意げに、いや、無表情だが、フェイスが呟いた。そして指さす。


「……ああ、分かりました。マスター・コイル、あちらです」


 指さしたのは川の向こう、ミノルとリーファンが戦っている場所から少し下ったところだ。鮮やかな葉色の林の中で、ぽっかりと木が生えていない草原が見える。

 川の中の大岩を足場にポンポンと飛び越えて渡り、時々寄ってくるカラスを蹴散らしながら、コイルとフェイス、残雪、天花の4人は淀みの方へと向かった。淀みは草原の真ん中に、目には見えないけれど確かな存在感を持って、そこにあった。



 コイルは淀みの位置を確認すると、ダンジョンとは反対側へと回り込み、静かにギフトの範囲を広げていった。途端に動きの鈍くなったカラスたちに、ミノルは攻撃の手を緩め、追い払うことに徹し始めた。


「リーファン、コイルのギフトが効き始めた」


「りょーーーかいっ!あとは、雑魚は追い払えば良いわけねーー!」


 リーファンも戦い方を変え、やがてカラスたちは見えない壁に押し出されるように、その場からどこかに飛んで行ってしまった。地面には羽を痛めて動けなくなったカラスが未だ折り重なっているが。

 秋瞑と金烏は相変わらず戦っているが、やはり金烏の動きは少し鈍くなっている。

 その場から動けないコイルは、丁度開けた場所で良かったと野営の準備をはじめ、カラスを追い払った二人も其処に合流した。


「今までの傾向から考えますと、マスター・コイルのギフトで封鎖された淀みは、半日から1日程度で別の場所に移ると考えられます。今日はここで野営しましょう」


「秋瞑はどうするんだ?」


「大丈夫そうだよねー。危なげない感じ」


「ずいぶん高いところで戦ってるなあ」


「万が一危ないときには全員連れてダンジョンに転移します」


 淀みのある草原は、そこだけぽっかり空が見えている。上空では金と銀が位置を入れ替えながら飛び回っている。いつの間にか人化した金烏が短剣を両手に持って戦っているようだ。金烏は秋瞑よりも少し小柄なのだが、秋瞑よりも大きな羽をばっさばっさと羽ばたかせている。たいして秋瞑は小さめの羽を四枚にすることでスピードを上げているようだ。


 コイルたちが上の戦いを見守っている間に、フェイスは荷物からテントを出して、さっさと設営を済ませた。魔獣たちは食料もテントもいらないのと、途中獣化する可能性が大きいので手ぶらで来ているが、フェイスは荷物持ちを買って出てくれたので、テントや食料を運んでもらっている。

 いつの間にか居なくなっていた残雪が、赤い木々の森の中からウサギを捕まえて出てきた。

 テントを張り終わったフェイスが、防水布を草の上に敷いて簡易魔動コンロを出すと、鍋に湯を沸かす。


「皆さん、お茶が入りました。残雪と天花は飲みますか?」


「私は必要ありません」


 無口な残雪は断ると、少し離れたところでウサギを捌き始めた。


「ボクはもらおっかなー。なんかさー前にシュウちゃんが言ってたんだけどねー、最近早食い勝負してる青狸たちが、調子いいんだってー。いっぱい食べると進化するのかなー?」


「へえ?そうなんだ?青狸達にはあまり会ってないから気付かなかった!」


「あっちっ!あっちいねー」ふーふー言いながら、天花がお茶をすすっている。


「ほう。爽やかだな。これは第5層の薬草茶か?」


「はい。最近第5層で休憩している者たちが作ったものです」


「へえー!売れるよねー、これ。なんか、すごい体力回復するわー」


 効いて何よりだが、売るとしたらかなりの高級品になるだろう。なにしろ最高級薬草を惜しげもなく使って作っているのだから。

 リーファンが大喜びで飲んでいる。先ほどのカラス戦は難なくこなしているように見えたが、数も多かったのでやはり体力を使ったようだ。


 当たりの景色が薄暗くなり始めた頃、すっかり野営の準備も済み、くつろぎつつあった皆のところに、上空からバッサバッサと羽音が近づいてきた。


「皆さん、あんまりじゃないでしょうか?私にもお茶をください!」


 傷だらけになってぐったりした金髪美女の首根っこを引きずりながら、少しだけ不機嫌な秋瞑が帰ってきた。

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