第12話 ダンジョンマスター

「私の名前は、ソラといいます。このダンジョンのマスターです」

「えっと、ご丁寧にありがとうございます。僕の名前はコイルです。薬草と脳筋たちの森のマスターです」


 コイルが頭を下げてあいさつすると、ソラは目をまあるく見開いた。

 それを見てほんの少しだけ、張り詰めた空気が緩む。


「なんと、これは礼儀正しい。薬草の森といえば最近聖域になったと聞きました。聖域のマスターとは、やはり私などよりもずっと格上なのでしょう」

「そりゃそうだぜ。マスターは最高で最強なんだぜ」

「ふふふ。配下の魔物にも好かれているようだ。ならば、私も心を決めましょう。あなたと争ってもきっと勝てません。まだ小さいこの子たちのことをお願いいたします。このダンジョンをあなたに譲……」

「ちょちょちょちょーっと待って!!!!!」


 今、ソラが何かヤバそうなことを言いかけた気がする!

 慌ててコイルが叫んで止めた。その勢いで、目の前に立っていたソラが突き飛ばされたように尻もちをつく。


「あ、ごめんなさい」

「こ、これが聖域のマスターの力……」

「いやいや、わざとじゃないから。それよりさっきの言葉の続きは絶対言わないで」

「は、はい。けれど私はダンジョン破りに対抗する力はないので、どうか穏便に」


 そんなんじゃないのに……。

 言っても簡単には信じてくれなさそうな様子に少し落ち込みつつ、落ち着いて話し合いができるところへ案内してもらった。


 コイルはポックルのたてがみを撫でながら、ソラについていった。

 ゆるやかな丘を登ると、石ころだらけの地面の隙間から草が生えて、だんだん視界に緑が増えてくる。そして頂上まで登ると、そこは草に覆われたかなり広い平地になっていた。その真ん中には小さな池。

 透き通った綺麗な水の表面には、絶えず波紋が広がっている。中心近くから水が湧いているのだろう。どうやらその池が、このダンジョンの中心になる淀みの場所みたいだ。


 池のほとりの景色のいい場所に、草を敷物にしてみんなが輪になって座った。周りを取り囲むようについて来ていた飛びウサギたちは、今は少し離れた所に固まって、静かにこちらを見ている。


「あの、僕たちは観光に来ただけで、ここの魔物たちと戦おうとか、そういう気は全然無いんです」

「そうですか。……それは良かったと言っていいのか、残念だと言った方が良いのか……」

「うむ。何か事情がありそうじゃの」


 カガリビが促すと、ソラはぽつりぽつりと話し始めた。


「私はここのダンジョンマスターですが、本当はそんな器ではないのです」


 このダンジョンは島一つ分の広さがあるとはいえ、中にある淀みはたった一つだけ。その淀みの中から生まれるのは飛びウサギだけだった。飛びウサギは魔物の中でも最弱に近い。冒険者たちにとっては、まず最初に倒し方を練習するような、初心者向けの魔物である。

 そんな飛びウサギだけのダンジョンだから、島に渡ってきた人たちにとっては楽な獲物だ。だが飛びウサギたちの魔石は小さく、倒しても旨味は少ない。そのためここは冒険者に人気がない。それに飛びウサギは数多く生まれるので、ダンジョンを一応維持はできている。

 ソラがこのダンジョンを受け継いだ当初はまだ年若く、人化の出来ない普通の飛びウサギに過ぎなかった。


「他になり手がいなかったので、私がいつの間にかマスターになっていたのです」

「そんなことが、あるんだなあー」

「僕のパターンも特殊だけど、ソラもかなり特殊だね」

「ええ。人化しない魔物がマスターになるのは、とても珍しいことだと思います」

「けど、今は人化できているってことは、修行したんだ?」

「いえ……。そうだったら良かったのですが……」


 ソラはダンジョンマスターとしてこの淀みのそばで待機していたが、人は滅多に第2層まではやってこない。

 そして初めてソラの前に立った人間は、とても変わっていた。


「その人は生きている魔物の毛皮が好きなんだそうです。『モフりたいから冒険者として強くなった』とか言っていました。私にはよく意味が分かりませんが。その人間は私が蹴っても頭突きしても気にせずに、ずっとここで私の相手をしていました」


 ちょっと変態っぽくて怖いな……。というコイルの感想は、心の中だけに留められた。

 その人間が、彼にソラという名前を付けたのだ。そしてそれから人間は何度もここに来た。やがてソラは、人間に対して奇妙な友情というか、思いっきり攻撃し終わった後に満足感のようなものを感じるようになる。

 そんなある日、その人間がソラに薬を飲ませた。その薬の効果で一気に成長して、人化できるようになったのだ。

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