第13話 モミジの秘薬とローズの秘薬
「変わった人間でした。人化した私にすまないと頭を下げて。人間によると、その『モミジ』という薬は魔物の回復薬だというのです。その日、ちょっと酷い怪我をしてしまった私を助けようとして。まさか人化するとは思わなかったのだと、何度も私に謝ってから帰りました」
別に謝られるようなことではないし、さりとて礼を言うようなことでもないのだ。そんなふうにソラは言う。ソラにとって、人化はどうでもいいことだった。
けれど人化とともに思考力が上がって、そのために気付いたことがある。
薬が何かのきっかけになったのは、間違いない。けれど、『モミジ』の効果だけではないんじゃないかと、思うようになった。それは島に撒かれる野菜を食べた時のことだ。
「その野菜は毎年夏の初めに人間がこのダンジョンに大量に持ち込みます。ええ。『モミジ』をくれたもの好きな人間とは違う人間です。その野菜を食べると、奇妙な気持ちになります。少し疲れて動きたくないような、人間などどうでもいいような、そんな気持ちに」
「ローズの秘薬かなー」
「私には分かりません。それが薬なのかどうかも。けれどその野菜は何か普通とは違います。それは分かります。そして私も人化しないただの飛びウサギだった時から、その野菜を毎年食べていたことを思い出しました」
さらにソラは、その野菜を食べる度に、だんだん人化のレベルが上がっていくことに気付いた。
人間がくれた薬『モミジ』、そして別の人間が撒いている野菜。その二つが意図せず合わさった結果が今のソラの状態なのではないか。
「うむ。あり得ぬ話ではない。魔物にも人が作った薬は効くからのう」
「薬草の森でもお薬は使ってるもんね」
「ひひん」
「つまり、結局のところ私は戦って……強くなって人化したわけではないのです。だからダンジョン破りに対抗する力などなくて」
そう言うと、ソラはコイルの目をじっと見つめた。
「だからいっそ、この責務を誰かに預けてしまいたいなどと、思ってしまうのです。コイル様、このダンジョンをあなた……」
「ちょーっと待って!」
コイルがすごい勢いで立ち上がってソラの口をふさいだ。
「そのセリフは最後まで言ったらヤバいって。そういうの、案外このダンジョンのインターフェイスさんが聞いててさ『ダンジョンマスターの権利が委譲されました』とか言っちゃうんだよ。絶対ヤバいんだって」
「おおー! ここのダンジョンも乗っ取るのか。さすがマスター、カッコいいぜ。でも……そうするとさ、聖域はどうなるんだ?」
「分かんないから止めてるんだよ。フェイスさんに聞くだけでもうっかり何かが起こりそうな不安な内容だよっ!」
もごもご言ってるソラの口を押えたまま、マイとそんなことを言ってるとリーファンがのんびりした声で話し始めた。
「でもさー、なんでそんな野菜を配るんだろ? きっとロゼの領主様だよねー」
「魔物を大人しくさせたいから?」
「うーん。でも飛びウサギしかいないなら、そんな貴重な秘薬を使わなくてもいいような気がするようなー」
そう言われれば、そうだよね。
だったら目的は何なのか。これは領主に当たってみるしかないのだろうか。
コイルの手からようやく逃れたソラは、ゆっくりと首を横に振った。長い耳が元気なく垂れる。
「どのみち、もし私よりも強い方にマスターを引き受けてもらえないなら、このダンジョンはもうすぐ消滅するでしょう」
ダンジョンを維持するにはいくつもの条件がある。このダンジョンを訪れる人間は多いから維持するエネルギーは足りているのだろうが、問題は魔物たちの気力かな。
「ええ。私以外にダンジョンマスターになれるほどの気力のある飛びウサギはここには居ません。そして私ももう、疲れてしまったのです」
「それってきっと、配られる野菜のせいだよね?それを食べなかったら元気が戻るんじゃないの?」
「そうかもしれません。でも、何故だか抗えなくて……」
なんだか、話を聞けば聞くほど……そんな薬をマイに飲ませるのは、ダメな気がする。ローズの秘薬もモミジの秘薬も、怪しすぎる。
それに、話を聞いてしまったからには、ソラ達のことも心配だ。
元気がなさすぎる飛びウサギたち。ダンジョンが崩壊してもスタンピードにはならないかもしれないけれど、きっと今よりはずっと暮らしにくくなるだろう。
この状況を、どうにかしたい。余計なお世話かもしれないけど。
そう思ってリーファンを見ると、にっこり笑って頷いた。
保護者のお許しが出たようだ。
「じゃあ、みんなで考えよう。このダンジョンが崩壊しないように。そしてソラや飛びウサギたちがもっと元気が出るように」
「そんなことが、出来るでしょうか……」
「大丈夫。どうにかなるって!」
「ひひーん」
コイルがうっかりダンジョンに入った結果は、いったいどうなるのか。
飛びウサギ島ダンジョン滞在時間は、ここまでで三時間。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます