強さを

第1話 侵入者

 その日の夜、薬草の森ダンジョンに野営していた者は皆、夜中にぎゅっと圧迫されるような息苦しさで目を覚ました。

 息苦しさはそんなに長くは続かず、何事かと慌てた冒険者たちもやがて落ち着いたが、重苦しい空気だけは朝になっても残っていた。






 それは深夜の異変の前日、夕方のことだった。第4層のバトルも終わり、冒険者たちが第3層に戻ってきた頃、一人の男が第2層から上がってきた。

 男はアスレチックの前で、馬鹿にしたようにふんっと鼻を鳴らし、丸太に触れることなくその先の木の上の枝までジャンプした。普通ならあり得ない跳躍力だが、運動神経や飛翔魔法など特殊なギフトを持つ者もいるので、横を通って滑車で滑り降りている冒険者たちも、おおう!やるねえ!などと声を掛けながら、通り過ぎていた。


 男はそんな冒険者たちを不機嫌な顔で眺めながら、高い木の上でしばらく思案していたが、「やっぱり気に入らねえ」と、一言呟くと、軽やかにそこから飛び降り、数度のジャンプで向こうの岸まで渡ったのだった。


 アスレチックのコースがまだまだ続くのを見て、男の苛立ちは募る。コースの意図を全く無視した跳躍で全てのコースを渡り終わった男は、コースの最後の施設を正面からガンッと蹴った。びっくりしたのは傍にいた、野営組の冒険者たちだ。今日の勝負について和気あいあいと語り合っていたところにいきなり現れた男が、この第3層の大事なアスレチック設備に蹴りを入れ、あまつさえそれを蹴り倒して壊してしまったのだ。30人以上の大人の体重を支えられる、一抱えよりも太い木の柱を。


「何してんだ、おまえ。これを壊したら、明日登って来る奴らが困るだろう」


「そうだそうだ」


 口々に文句を言いつつ近寄ってくる冒険者に冷たい視線を送っただけで、男はそのまま第4層のほうへと歩いて行く。


「お、おい、そっちは夜は立ち入り禁止だぜ。ここじゃあ、明日の朝まで野営して待つのが定石だ」


 近付く冒険者のほうを振り返りもせず、男は第4層に足を踏み入れた。

 冒険者たちは、どうせすぐにダンジョンアウトするだろうと、後を追うのをやめ、また野営の準備へと戻っていった。

 なので、男のつぶやきを冒険者たちが聞くこともなかった。


「ふん。ダンジョンに慣らされやがって。テメーらがだらしねえから、こんなふざけたダンジョンが出来るんだろうが、この人間カスが」






 第4層に入ってすぐ、いつも受付がある場所に、秋瞑が数体の羽鹿を連れて待っていた。


「何者です?ここは夜には入って来るなと伝えてあるでしょう」


「はっ、ようやく魔物のお出ましか。ダンジョンに来る者の目的は1つだろう」


 男は剣を抜きざまに、ろくに構えもせずに振り切った。それは一見速さも重さも無さそうな無造作な一振りだったが、秋瞑の横に立っていた羽鹿が一体、首を一撃で落とされ、魔石に変わった。

 剣は羽鹿を切っても勢いを止めず、秋瞑を襲ったが、かろうじて剣で受け止めることができた。しかし見かけよりもその重い一撃には、何かの魔法の力が感じられた。


「ダンジョンはお遊びじゃねえ。攻略されるもんだろ!」


 両手で剣を握り直し、男は再び、今度はその勢いを増して秋瞑に襲い掛かった。


 ガッ


 男の一撃を秋瞑はどうにか受け止めたが、その剣はあっさりと根元から折れてしまった。

 一歩引き、ふわりと羽を広げ宙に浮きあがった秋瞑は、頭に手をやりながら辺りに潜む魔獣に命令を飛ばす。日ごろの丁寧な喋り方とは異なる、切迫した口調だった。


「羽鹿は下がれ。鬼熊隊、前へ。アイ、指揮を取れ」


「了解だ」


「攻略される……されるか。お前、どこかのダンジョンマスターですね。ダンジョン破りですか」


 シュウメイの頭に、立派に枝分かれした長く太い角が、左に一本だけ現れた。

 それをガッと自分で折り取ると瞬きの後、秋瞑の手元には再び輝く白い剣が握られていた。

 辺りの景色は薄墨に沈み、月もまだ上らぬ空に、秋瞑の白い剣が舞った。

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