第21話 出発前の買い出し

 薬草の森ダンジョンは、その奥にある、「霧衣」と呼ばれる山の中腹から、南側の斜面全体、すそ野の平原までの扇型に広がっている。

 もともと霧の多い山だったので付いた名だが、今はちょうどダンジョンのあるあたりがいつも霞んで見えるため、ますます名に相応しい山である。





 もともとその山、霧衣に登る山道がそのまま取り込まれて出来上がったダンジョンなので、途中までは馬や馬車でも通れる。けれど、奥に行くと道は険しく狭くなるので、踏破を目指す場合は途中にベースキャンプを作り、そこから徒歩で進むことが推奨されている。

 ダンジョンができる前の時代の本に、その山の中腹に、山の北側に抜けるトンネルがあり、岡山村からそのトンネルまで4日の道のりだったと書かれているが、ダンジョンが出来て後、そのトンネルまでたどり着いたものはまだいない。



 コイルは、売店で採取用の薬草図鑑を買い、採取用のハサミや袋も揃え、ギルドを後にした。

 コイルの目的は踏破ではない。仕事場の下見だ。

 先にデルフの森を見ては?と思はないでもないが、魔鉄の洞窟の崩壊もあり、気になって仕方がないというのが本音である。


 宿まで帰る道すがら、通りの商店を覗いていく。「旅人の為の町」と呼ばれる岡山村南町は、旅行客でにぎわい、どの店にも活気があった。

 細かい細工の箸、ほんのりクール機能の付いた扇子、OKAYAMAと銘の入ったナイフ、様々なフルーツの細工を付けた飾り紐、どことなく郷愁を覚える品揃えである。


 食べ物を売っている店も多く、コイルは持ち帰りやすいサンドイッチや野菜をまいたクレープのようなもの、何かのから揚げ、干しリンゴと、ポックルの餌を買って帰った。


「何かの唐揚げ」は、その名の通り、何を揚げているのかわからない。店の看板には「何の肉かは店主も知らぬ。買ってびっくり、ハズレ無し」と書かれていた。この店は、衣に秘密があるらしく、本当に美味しいのだが、肉については頑として語らず、それがまた人気を呼んでいるのだとか。



 ポックルは宿では相変わらず大人しく過ごしているようで、コイルが返ってくると「ひん、ひん」と嬉しそうにすり寄ってきた。


「ほら、お土産の干しリンゴ!」

「ひひん」」


 いつもは荷馬車に積んでいる干し草で文句も言わないいい子だが、甘いものは嬉しいようだ。尻尾がちぎれんばかりに振られていた。

 コイルも買ってきたものを食べ、何かの唐揚げに、何の肉だろうと、首を捻るのだった。




 午後はのんびりゴロゴロ、ポックルと宿屋で過ごして、夕方は外にご飯を食べに行き、早々に寝た。

 翌日は町に出て、10日分の食料を買いこんだ。店主に「ダンジョンに行こうと思って」と話していると、側にいた買い物客の一人から、杖を持っていくよう、勧められた。

「あの辺はよう、蛇が出るんですよ。藪があったらな、こう、トントンとすると大抵逃げるんで、杖か長い棒があるとべんりですなあ。まあ、魔物は逆に逃げずに襲ってくるんで、気を付けんといけんのですけど」


「毒とかあるんですか?」


「有るのもおるし、無いのもおるね。蛇の魔物は滅多に会うことはないが、麻痺系の毒を持つんで、解毒薬は有ったほうがよかろうね」


 やっぱり薬だ。そう。解毒薬の原料になる薬草も、ダンジョンの中で沢山採れる。コイルにはそれを薬には出来ないが、採ってくるには向いたギフトだ。将来の商売の見通しが明るくなった。




 薬屋はこの世界では、内科医と薬剤師の代わりのようなもので、専門の知識を学び試験もある。外科系の治療は国の試験に通った医師が行う。どちらも魔法を応用して前世には及ばない設備を補い、前世並みまでかは分からないが、医療技術は充実している。

 城壁の外には危険が多く、死亡率も高いが、街中は安全で、ほとんどの町で犯罪も良く取り締まられて、ケガや病気にも強く、安心して過ごせるのだ。


「ですが、なぜかその危険な外の世界に出かけたくなるんですよね」

 ダンジョンでよく使われる薬を数種類セットで詰めてくれながら、薬師の女の子が言った。

 ミミと名乗ったその子は、コイルと同じ年でまだ見習いだが、学校に通う頃から師匠に弟子入りしていて、薬にも詳しく、話し様も大人そのものだった。


「そうですね。居場所を求めてと言いますか……」

 少し照れて語るコイルに、ミミは、「これ、おまけですけれど」と、小さな瓶を一つくれた。中には軟膏が入っている。

「擦り傷、切り傷などの小さなケガにしか使えませんけれど、魔法をよく通すのでヒールの効きが良くなるんですよ。よろしければ」


 帰ってきたらまた、お買い物してくださいねと、ミミは笑って手を振ってくれた。

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