第22話 薬草の森ダンジョン
岡山村を出て街道を進む。
目的地は薬草の森ダンジョンだ。
高い空には雲一つない。立っているだけで汗ばむ7月の朝だった。
左手にはぽつぽつと島が浮かんだ凪いだ海が、右手には中腹から下が霞んだ霧衣山が見えた。
今回はポックルを連れて1週間程度の遠征の予定だ。
薬草の森は岡山村から半日程で街道から分かれ、細い道が入口から奥までずっと続いている。
海のほうを見ると。ぽつん、ぽつんとデルフの木が見える。
「あれがデルフの森かー」
「ひひん」
「森というより、草原に大きな木がポツポツ生えてるって感じだねえ。今日はダンジョンだから、帰ってから次はあっちの方探検だね!」
「ひん、ひひん」
ポックルの鬣をなでながら、のんびり喋りながら並んで歩くコイルだった。
街道は平和そのもので、魔物の姿も見えない。
山田村での魔獣スタンピードの戦いの中でギフトの能力が上がったらしく、PSの距離が伸び、今では矢羽が飛んでくることもない。
カンサーイから岡山村までは、街道を歩く人と何度もすれ違ったが、岡山村からロゼまでは定期護衛便に合わせて移動する人が多いので、中途半端な時間にはあまり人影がない。
「日差しが辛いねえ。だから薬草取りの人たち、あんなに早く出るんだ」
入り口脇の木陰に座って、ポックルに岩塩をあげながら、汗を拭く。
このダンジョンの入り口には特に関所のようなものもなく、道は普通に奥に続いて、境目も見えない。けれど道から外れて2、3メル以上横からだと、なぜかダンジョンに入ることもダンジョンから出ることも出来なくなる。
ダンジョンの中に入ると、外の景色はうっすら霞み、行動できる範囲は何となくわかる。
入り口付近には、数人の少年が藪に突っ込んで何かを採取している。白地のマントを頭からかぶっているのは矢羽対策だろう。
入ってすぐの第1層は草原ゾーンで、矢羽以外ほとんど出ないため、比較的安全に採取できる。採れる薬草も一年中取れて一番使われる魔アザミがメインで、低級の冒険者の稼ぎどころになっている。
魔アザミは魔力を多く含み、乾燥させて粉末にし、他の薬草と混ぜることで他の薬草の魔力伝導率を上げることができる。
コイルがもらった傷薬にもこれが入っていて、ヒールの効きが良くなるわけだ。
ここで薬草をとっている少年たちは早朝岡山村から出発し、朝の10時ごろから採取をはじめ、14時にダンジョンの外を通る定期便に便乗して帰るのが一般的だ。
「縄張りとか、あるのかな?」
少年たちは一か所に固まらず、数人ずつで散在している。
コイルは今日は下見なので、そのまま道を進む。
デルフの森にすめば、早朝にダンジョンに入り、採取を済ませて皆が来る頃には家に帰ることも出来る。旅の途中、ギフトを知られたら少し面倒だと知ったコイルは、なるべく人のいない時間に来ようと思っている。目の端で、皆がどのあたりで採取しているかチェックしながら、今日は素通りだ。
入口から一時間も歩けば、採取している人はいなくなる。
今は季節も良く、奥に行かなくても入り口近くで十分な魔アザミが採れるのだろう。
あたりに人がいないことを確認して、お昼休憩することにした。
道の両脇にはやわらかいクローバーのじゅうたんが広がり、白い花が一面に咲いている。南側には高い葦が生えていて、霞みのように自然でさりげないダンジョンの壁がある。
ポックルはクローバーを美味しそうに食べている。
コイルはクーラーボックスからおにぎりを出して食べながら葦のほうに歩いて行った。その手前に1メルほどの高さの黒っぽい草が生えている。葉は刺々しく花は真っ黒の怪しげなこれが、万能薬魔アザミだ。
根も薬になるが、この季節は葉と花だけで十分な量が採れるので、地面から50センチメルくらいで切り取って10本ずつ束ねて袋に入れる。10本の束で2、300円くらいにしかならないが、歩かずにどんどん刈れるくらいまとまって生えているので、採取しやすい。
たまに魔アザミの側で他の薬草も見つけることがあり、薬草採取専門の冒険者は魔石取りの者ほど高給取りではないが、週に3、4日ダンジョンに来れば生活できる。
往復に時間がかかるのは痛いが、泊りで採取すると持って帰るまでに鮮度が落ちるので、そこだけがこのダンジョンの弱点だ。
「せっかく見つけたけど、今日採ったら帰るころには枯れてるよね。乾燥して使うって書いてあるけど、持って帰る途中でからしたヤツでも大丈夫なのかな?」
一応一束分だけ刈って、荷馬車の奥に吊るしておくことにした。
気が付くとポックルが横に来て魔アザミを食べている。
トゲトゲの葉っぱは触ると痛いのに、口の中は大丈夫なんだろうかと思ったが、好物らしく夢中で食べている。他の冒険者の皆様に見られたら、ちょっと怒られてしまうかもしれないので、やっぱり人のいない穴場を見つけないとね、と思う。
緑のじゅうたんとところどころに白い花の塊がある美しい草原の中の小道を、コイルとポックルはのんびり進む。
夕方には第2層の森林ゾーンの入り口に着いた。
森林ゾーンに出る魔物は飛針野ネズミと飛びウサギ、羽鹿などだ。
魔物ではなく動物も住んでいるが、人を恐れてあまり出てこない。
魔物も小型が殆どで、危険は少ないが、やはり第1層のほうが安全なので、第2層の入り口付近がキャンプ場のようになっている。
第2層で採れる薬草は秋に実る木の実が多く、この時期採れるものは少ないが、2パーティーが野営の準備をしていた。
「よお、坊主、1人かい?もうすぐ日が暮れるぞ」
「野営するなら、この辺にどうだ?今日はなぜか矢羽が少ないが、やっぱり人がいたほうが安心だろ」
人の良さそうな冒険者たちが声をかけてくれた。空を見ると矢羽は遠く、このあたりに近付きそうもない。
コイルはかるく頭を下げて、「今日中に行きたい場所があるので」とごまかし先に進んだ。
冒険者たちもそれ以上は言わず、気をつけてなーと手を振った。
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