第23話 ダンジョン攻略?いえ、トレッキングです

 森林を渡る風が気持ちいい。立ち止まって汗をぬぐったコイルはあたりを見渡した。

 木々の間を縫うように、荷馬車がぎりぎり通れるくらいの小道が続く。

 果たしてダンジョン攻略とは、こんなものだったっけ。

 コイルは少し首をかしげて以前のパーティーでの遠征を思い出し、

「ま、比べる必要もないかあ」と、またポックルと歩き始めた。



 第2層森林ゾーンは見通しが悪く、木々が迷路のように茂っている。

 薬草はその木々の迷路の中にポツポツと生えていて第1よりも集中力と運が必要そうだ。

 実際この季節に森林ゾーンで取れる薬草は、依頼料が高めらしい。

 森は広く、迷子になりそうだが、薬草にこだわらずに道を行けば、数時間で抜けることができる。

 コイルはギフト目当てに人が寄ってくるのが嫌だったので、手っ取り早く人がいない場所に行こうと、先を急いだ。

 日が沈み、森が闇に包まれても、コイルが魔物に襲われることはなかった。

 魔法で明かりをともし、第3ゾーンの入り口付近まで、一気に進んだ。


 ダンジョンの構成は様々で、小さいけれど強い魔物ばかり出るところもあれば、全く魔物が出ずに罠だらけのところもある。多くはいくつかの層に分かれ、次の層に進もうとすれば門番のような強い魔物に阻まれる。

 ここ、薬草の森はおそらく5、6層に分かれていると考えられているが、今までに到達したのは4層目までだ。門番らしき魔物は居なくて、3層目まではさほど苦労しなくても初心者が入れるようになっている。

 ところが4層目に入ると急に、格段に魔物が強くなり、集団で襲ってきたり、奇襲したり、強い毒を持っていたり、3層目までの気楽さが嘘のように危険なダンジョンになる。

 ダンジョンの完全攻略を目的としたパーティーが挑戦したこともあるが、4層目の攻略は進まず、門番がいるのかどうかも分かっていない。




 そんなわけで、このダンジョンには現在、第3層の安全地帯に1組野営中、第2層薬草採取が2組、第1層に野営しているだけである。


 コイルは誰にも会わない第2層の最後の方で、木陰に荷馬車を止め、野営することにした。

 森の中なので、火は使わないよう、魔法で温めたスープと、何の肉かはわからない唐揚げと、サンドイッチ。野営とはいえクーラーボックスには新鮮な食料品があり、あと1日は普通の食事ができそうだった。それ以降は保存食で我慢するけれど。

 毛布を掛け、ポックルに寄り掛かると、夏の夜の心地よい風が、あっという間にコイルを眠りに引きずり込む。


「おやすみー」

「ぶるるっ」


 悪意を持つものは誰も近付くことができない。鈍感な「人」ですら無意識に避ける。無防備に寝る夜にこそ、コイルのギフト「パーソナルスペース」はその真価を発揮している。




 朝、日が昇るとともに目を覚まし、コイルはそのまま先に進むことにした。

 第3層は沼地ゾーンだ。

 ここは池やぬかるんだ沼が点在していて、所々草や水たまりに浸食されながら道が続いている。

 沼の中に生える独特の薬草や池の魚も金になるらしいが、今日野営していたパーティーは蛇を採りに来ているらしい。第1層のキャンプ地ですれ違った冒険者達から聞いたのだが、ここのマムシは(魔物ではなく動物の蛇)、生きたまま捕まえるとかなりの高額になる。そこで、数日泊まり込んで大金を稼いでは、しばらく遊び歩くパーティーがいくつかあるのだ。

 毒があって危険だが、たまに魔蛇も出て、これが案外良い魔石になるので、そこもお得なところらしい。

 なのに、この場所が盛況でないのは、マムシの買取数がさほど多くないので常時依頼ではないからだ。また、沼にズボズボはまるので、すごく汚いのも嫌がられるところだ。


 コイルが彼らの見える場所を通りかかったときも、1人が池に半分浸かって、他3人が周りでフォローし、通り過ぎるコイルに目をやる余裕もなさそうだった。



 特に危険はなさそうなので、コイルはそのまま通り過ぎた。

 道は入り組んでいて、ところどころ道も水びたしなので、広さは森林ゾーン程はないのに、沼地を抜けるのに、ほぼ夕方になってしまった。

 すっかり疲れたコイルだったけれど、第3ゾーンはギフトが魔物ほど完全には効かない動物の蛇が多く、攻撃的なので、いっそ第4ゾーンに入ることにした。



 第4ゾーンは中、低木の密集した藪ゾーンだ。

 道は続いているが、生い茂った木が枝を伸ばし、背の低いコイルとポックルですら、時々頭がぶつかるのではないかと冷や冷やする道だった。

 荷馬車の幌が当たりそうなときは、以前買った魔動ノコギリの出番だ。


「凄いね、ポックル、ヒャッハーだね」


 魔動ノコギリの切れ味に興奮気味のコイルだった。

 道の脇の藪を少し刈り込んで、野営場所を作った。

 通る人もいないので、道の上で野営すればよかったのだが、魔動ノコギリの魅力には勝てなかったのだ。

 ポックルは刈られた藪の葉を黙って食べていた。



 第4ゾーンの薬草は何があるか知られていない。ダンジョンができる前の古い記録から、いくつか貴重な薬草があるのではないかと思われているが、魔物の対処をしながら薬草を探すことができないでいる。

 ここにいる魔物は、青狸、ラージボア、鬼熊だ。道以外は殆ど藪に埋め尽くされ、青狸に急襲され噛まれると熱が出る。ラージボアには突進され、鬼熊は遠くから丸太とか投げてくるらしい。


 コイルの前には出てこないが。


 昨日頑張ったので、今日は暗くなる前に野営準備も完了し、ご飯もしっかり食べた。

 今回の遠征は3、4日ほど進んでから引き返すことにしていたから、明日はこのまま第4層を進んでいこうと思う。


「冒険とかダンジョン攻略っていうより、トレッキングだよね?」

 足腰だけはしっかりしてきたコイルだった。


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