第24話 天空の花園

第4層は広さは沼や森ほどではなく、道だけは藪に覆われていなかったので、上り坂が少しきつかったが、半日もあれば通り抜けられた。

時折ガサガサと藪を通る気配は、ウサギだろうか、蛇だろうか。大きなネズミもいるそうだが、藪から顔を出すことはなかった。


昼には第4層を抜け、第5ゾーンは目の前だ。


特に門番らしき姿も見えず、まあ、普通の魔物ですら見てないのだが、昼ご飯を食べて、コイルはあっさりと第5層に入っていった。





第5層は高原の花園ゾーンだった。


冒険者ギルドにはここのデータは残っていない。出現する魔物も、採取できる薬草も分からない。

コイルにはまだ薬草の種類などほとんどわからないが、目の前に広がる花園は一つ一つが貴重な珍しい薬草だった。

そして、その薬草の価値以上に心奪われるのが、この世のものとも思えない美しい景色だ。

切り立った白い岩の崖、霧衣山の山頂はここから見ると逆にうっすら霞んで見える。その向こうの青い空、流れる雲。足元には世界中の色を集めたような花、あふれる泉から流れ出す小川。

崖の方に向かう白い石が敷かれた小道は、遠い記憶のかなたにある外国の景色のようだった。

そんな中に言葉なく佇むコイル。




ポックルが花園ではなく道端の草を食んでいる。

コイルはそのまま座り込んで、この景色を呆然と見ていた。

魔物の姿は見えないが、空には鷹が飛んでいる。花園の中にはうさぎが跳ねていて、それを狙っているようだ。

花の周りを蝶や蜂が飛び回っている。

青い空には雲が流れ、ピーっと鳴く鳥の声。

足元の草でうごめく虫たち。

カサカサという音は、虫を食べに寄ってきたトカゲだろうか。

しばらくいると、そこが案外賑やかで生に溢れていることに気づく。





何時間そこに佇んでいただろう。

ぐうっ。

コイルのおなかの音を合図にしたように、辺りは闇に沈み始めた。

「今日はここで寝よう。明日には下山しようかな?」

なんとなく遠征に満足して、心満たされた気がするコイルは、携帯食とインスタントスープを出しながらつぶやいた。

それに対する答えという訳でもないだろうが、どこからか声が響いてきた


「ダンジョンマスター・フェンリルが顕現できません。契約不履行のため、特例法に基づき、ダンジョンマスターの権限をコイルに委譲します。これより旧ダンジョンマスター・フェンリルを含めダンジョンのすべての魔物はコイルの下に就きます。ダンジョンマスター・コイル、命令を出してください」



「……


……


……


……へ?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る