第6話 第3層の修理は

 悲しみに暮れる時間が無いのは、残されたものにとっては幸いだと思う。

 慌ただしい夜は過ぎ、やがていつもの朝が来る。

 ダンジョンは何事もなかったかのように、今日も冒険者たちを迎えなければならない。



 秋瞑が管理、監督していた第2層と第4層の冒険者対策は、ひとまずは第2層を天花、第4層を負傷したカガリビがバトルの時間のみ采配を振るうことになった。

 前マスターのフェンリルのフェンは、数を減らした魔獣たちを指揮して、第4層の守りに徹する。攻略しようとする冒険者達に弱みを握られないよう、少なくなった魔獣の数が分からない工夫が必要だった。


 もちろん、数日待てば、負傷してドローバックした魔獣たちは淀みの魔力で癒されて今まで以上に強くなって帰ってくる。だからこそ、この数日間、何事もなかったかのようにこのダンジョンを動かすことが大切なのだ。


 侵入者のドラゴン男に壊された第3層の最後のアスレチックは、今のダンジョンには修理する余裕がない。このところ潤沢に余っていたエネルギーは多数の魔獣の転送と傷の治療の為、ダンジョンを維持するギリギリになっていた。幸い4つあるうちの1つだけなので、これは修理せずにそのまま、冒険者には迂回してきてもらえば良いだろう。


 朝になって、第4層の手前で野営していた冒険者たちが上がってくると、闘技場の舞台の上に古めかしいが優美な着物姿で立つ美女がいた。カガリビだ。


「我が第3層をずいぶん荒らしてくれたものよの。そなたらがここへ来やすいようにと、マスターが用意した施設を破壊するなど、呆れた所業。しばらくは苦労して時間をかけて登って来るがよい」


「あ、あれはどっかの冒険者が勝手に……」


「ではその冒険者に苦情を言うがよかろう」


 実際、冒険者たちは無関係なのに責任を押し付けてしまったが仕方がない。第3層を修理する余裕がないなどとは言えない。それにしばらくの間は第4層に来る人は少ないほうがいいのだ。


 だが、そのカガリビの言葉を受け、登ってきた冒険者たちが何やら相談を始めた。

 今日の野営組は11人。冒険者ギルドから派遣された受付、実況、解説と記者二人。挑戦者が2人、応援できた冒険者が4人だ。


 カガリビは話し合う冒険者たちを気にもせずに、舞台の上で佇んでいる。ように見せかけつつ、今日の対戦について思いを巡らせる。冒険者たちもここでのバトルに慣れて、日に日に強くなる。それを秋瞑が上手に魔獣たちを采配し、勝ち負けが偏りすぎぬように心がけていたのだ。今、その中心となっていた秋瞑は意識が戻らず、戦力の中心であるアイは帰らぬ人となり、マイは怪我で2日は戦わせないほうが良いだろう。アイやマイは、圧倒的な強さで冒険者たちの心を折る、ダンジョン側の攻撃の要だったので、その不在は何よりもここの層の運営を困難にした。

 今日一日は、鬼熊のうちの無傷な者と、氷狼、サンダーボアで良いだろうか。羽鹿はもともとあまり気の荒いものは多くないので、動揺のある今しばらくは、表に出さないほうが良いかもしれない。

 そんなことをつらつらと考えながら、カガリビが眺めていると、冒険者たちの中から代表が一人、前に出てきた。


「お前さんが、今日のこのダンジョンの代表者だと思っていいか?」


「そうじゃ。わらわがこの場を取り仕切っておるよ」


「そうか。では、今日の対戦だが、中止にしても良いだろうか?」


「……何故かの?」


「いやあ、誰かは分からねえが、冒険者があれを壊しちまっただろう?俺たちも朝、見てみたんだけど、簡単には直せそうになかったから、ダンジョンの人が直してくれたらなあと思っていたんだが。しばらくこのままだと言われちゃあ、申し訳なくってな。今、外と相談したんだが、ダンジョンの人は知らないだろうが、今、外の森に村を作っていて、大工がたくさん来てるんだ。その大工らを呼んで、3層のあの木の……遊園地みたいなコース?あれを修理してもらおうと思うんだけど、いいか?」


「……それはそれは。わらわ達は構わぬが……」


「俺たちもここで何度か挑戦して、戦うたびにこう、何ってったらいいのか……。とにかく、ここが好きになっちまってな。壊したままでいるのも気分わりーし、大工が来るまでみんなで出来る事して待っていようって話し合ったんだ」


 もちろん、攻略しようと第4層を先に進む冒険者は来ると思うが、それは今まで通りに蹴散らしてくれて構わない。自分たちは応援する人が少ないとやる気もでないから、バトル目当ての冒険者たちは第3層の修理のほうに、協力してもらうつもりだ。しっかり修理したら、またここで戦ってほしい。

 そう笑いながら言った冒険者は、手をズボンで拭いてカガリビに握手を求めた。


「ほんに、人とは難儀なものよの」


「そうか?ここに来る冒険者達なんか、単純で分かりやすい奴ばっかだと思うけどなあ」


「そういわれれば、そうじゃの」


「おめえさんも、強そうだ。いつか俺の相手をしてくれ。もう少し外で鍛えてくるからよ」


「ふふ。ダンジョンの魔獣は戦うためにいつでもここで待っているゆえ、好きにするがよいさ」



 人がダンジョンの修理をする。考えればおかしな話だ。しかし、コイルがダンジョンマスターになってこの数か月、このダンジョンに集まる冒険者たちはいつしか、親しみと愛情を持ってこのダンジョンに通ってきていた。このダンジョンが改変直後に完成していたのではなく、通ってくる冒険者たちに合わせるように徐々に今の形になってきたので、「自分たちで育てたダンジョン」という気持ちがあるのかもしれない。

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