第7話 治療

 それから数日後、第3層では、6人の大工と30人以上の冒険者によって、アスレチックの修理が進んでいた。ドラゴン男に蹴り倒された大木の柱は折れた部分を削って少し低くなったものの、再度立ち上げて頑丈に補強された。何度も登っていた冒険者に話を聞きながら途中の細かい修理も終え、帰り用の滑車ロープの修理を残すのみだ。


 第4層には時折侵入を試みる冒険者もいるが、その多くはここの噂を聞いて集まった新参者で、リピーターは4層入り口前にいる受付のお姉さんに話を聞いた後は揉めることもなく、修理の手伝いをしたり、また直ったころ挑戦しに来るからと降りたりしていた。


 第2層は最近ではほとんど冒険者たちが仕切っていたので、上での混乱を感じさせることもなく、いつも通りに各ステージで魔獣たちと人の勝負が行われていた。

 あまりの采配の振るい甲斐のなさに、天花がバトルに参加してきたりして、逆に少し混乱したが、それもまた冒険者達には受けた。



 一方、そのころコイルたちは第6層で下層の様子をインターフェイスを通じて確認しながら、ケガで寝込んでいる魔獣たちの手当てをしていた。

 魔獣たちは淀みの傍にいれば自然と怪我が治りさらに前より強化されるものだが、ここの第5層にある薬草の多くは魔力を多く含んだもので、その効果が魔獣にも期待できる。


「ミノルさん、これ、採ってきたよ」


「ああ。じゃあ、すりつぶして絞ってくれ」


 第4層で採った油を多く含む実は、硬い殻に覆われているが、殻ごとガンガン潰してから、さらに細かく擦りつぶす。その後、簡易に作った圧搾機にポックルが体重をかけてしっかり絞れば、魔力を多く含んだ植物油がとれる。ちなみにポックルはここで怪我人の見回りをしていて、ルフは第4層の守りについている。

 これに傷に効く薬草をすりつぶして混ぜ、さらに第5層の崖にある蜜蜂の巣から採れた蜜蝋を溶かして混ぜれば、簡易の傷薬が出来るのだ。

 素人が作っているので薬効は薬師が作るものほど高くはないが、一般に出回っている傷薬よりは何倍もの効能がある。流石、高級素材だ。


 魔獣たちの傷は、体力のあるミノルに水でよく洗われた後、先に作った消毒液で殺菌し、傷薬を塗ってから、コイルによってヒールの魔法が掛けられた。魔法の効果は微々たるものだが、傷薬の効果を底上げすることが出来る。コイルの魔力は今ではこのダンジョンの淀みと繋がっているので、このダンジョンの魔獣たちにも効果が大きい。

 そもそも、傷を手当てするという考えを持ち合わせていない魔獣たちには、不思議な感覚のようだ。最初はただ見ていた魔獣だが、手当てを終えて明らかに元気になったのを感じて、一層協力的になった。マイもまた、傷がふさがり、コイルによって少しばかりの魔力を流し込まれた後は、積極的に他の魔獣たちを洗ったり消毒するのを手伝ってくれるようになった。


 そして、ケガをした魔獣たちを回る最後には秋瞑のところで、今のダンジョンの状況を語りながら傷の手当てをする。

 秋瞑は相変わらず羽鹿の姿のまま目を開かないが、一番酷かった腹の傷はかなり塞がり、耳の内側にもピンク色が戻ってきた。根元から折れた両方の角も、30センチほど伸びて、それが一番、秋瞑の回復が分かりやすい場所だ。



 羽鹿はもともと、そんなに強い魔獣ではない。魔獣は前世の人々の負の感情から生まれるが、その誕生に際して、核となる想いや考えがあり、それが魔獣の個性を作り上げていく。短命な魔獣はその個性を開花させることはないが、長く生き延びるにつれて個性は顕著になり、人格を形成し、人の言葉を発したり人化したりするようになる。

 秋瞑は力こそ強くはなかったが、賢く用心深い核を持っていたのだろう。羽鹿ではありえないほど長くを生き、強かに、賢くこのダンジョンの一画を、後に生まれた羽鹿たちを指揮しながら守ってきたのだ。


「こいつも変わってるよなあ」


 秋瞑を見下ろしながら、マイが呟く。

 個人プレーが標準の魔獣たちの中で、世話焼きの秋瞑は異端だった。

 そういえば、アイと、マイも少し変わっている。

 アイが亡くなってから、マイは少し性格が変わった。アイとマイはほぼ同じ時期に人化出来るようになった。同じ区画に居たのでそれまでも多少は喋ることがあったが、人化した時にほとんどそっくりな姿になったことに、実はお互い驚いていた。アイは口が悪いマイの核を男だと思っていたし、マイもまた、アイを男だと思っていたので。お互いが女性的なものを核に持っていたのが可笑しくて、それ以来よく一緒にいるようになった。

 アイが亡くなった瞬間、マイはドローバックしてすでに淀みの近くに居たが、一瞬何かフワッと柔らかいものに包まれたような気がした。

 インターフェイスが、アイの死だけそっとマイに知らせてきた時、事実のみを受け止め、怒りも悲しみも感じなかった。それは魔獣として当然の反応だからと言う訳ではなく、その瞬間、アイが何かをマイに残したと思ったからだ。負の想いから生まれる魔獣は、しかし長く生きる過程で人であった時の様々な感情を少しずつ、持っている負の想いの中から拾いあげて成長する。その、アイの育てた何か暖かい想いが、一番身近に居たマイに残されたのではないだろうか。

 だからマイは、自分が強くなったと感じた。アイの中の一番凝縮した、小さいけれど核となりうる何かが自分に合わさった。だから。次は負けない。魔獣でも生きろと、マスターは言う。「次」があるのだ。その「次」は絶対に勝つ。アイと共に。

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