第10話 領主様について学んでおこう

 食堂を出て、一度宿に戻ってから、なんとなく気が進まないけれどギルドに向かった。


 ギルドの掲示板には、明日のダンジョン攻略隊の抽選結果が発表されていた。

 日も落ちて、冒険者の人たちはもう、明日に備えて寝るか、抽選に外れて飲みに出たかで、ギルド内は閑散としている。


 コイルは開拓用の結界杭を起動させたので、その報告をするため、ユーインを呼んだ。


「ああ、コイルさん、良いところに!今から探しに行こうと思っていたんです」


「こんばんは。杭の起動の報告に来たんですが、何かあったんですか?」


「はい。昨日の夜に、デルフの森について報告を上げ、今朝領主様と会談してきたんですが、

 明日から薬草の森ダンジョンに調査隊が入るのはご存知ですよね?その、調査隊が戻ってくるのを待って、デルフの森にも調査隊を送ることになりました。そこで、一度土地を開拓するというコイルさんと話してみたいと領主様が言ってまして。明日以降は調査隊の状況を知るため、待機しないといけないので、もし今日会えたら、夜遅くても良いので一度会談したいとのことです」


「え、あ、でも……こんな格好ですので」


「お風呂に入られたんですね。サッパリして、よろしいと思いますよ」


 にっこり笑って言われた。昨日の僕、やっぱり臭かったんだね。すまぬ。


「急なことなので、服装は気にしないと言われています。また、あまり大げさにしても委縮するだろうからということで、このまま領主館近くの集会所へご案内します。ギルド関係の会議は、大抵この集会所で行われるのですよ」


 有無を言わさず連れて行かれるようだ。


「岡山村の領主についてはご存知でしょうか?」


「いえ、すみません、来たばかりだし、雲の上の人だと思っていて、全く」


「ああ、大丈夫ですよ。聞いてよかった。では道々ご説明しましょう」



 街は広く、町内の移動には小型の馬車が使われることも多い。今回も、メイン通りを正門近くのギルドから、中町の奥の領主館の隣の集会所まで、馬車で移動しながら話した。

 岡山村の旅行者が主に過ごすのは南町だが、領主の館はメイン通りを北に進んだ先の、中町にある。

 中町は岡山村の中心にあり、主に住宅地だ。

 その他の地区は、西町が一番広く、広大な農地が広がっている。東町には工房が多く、商業もさかんだ。



 岡山村は人口30万人弱の、国内でも有数の大都市だ。

 領主はエドワード公爵 38歳。

 この国では、所領や爵位は国王の裁可によって子に引き継ぐことができるが、唯一公爵位だけは1ランク落として侯爵として引き継ぐ。

 それは公爵が、王位継承権を持ち、国王とともに政治を学んだ者たちが得る爵位だからだ。

 エドワード公爵も若いころ、現国王イチロー三世と共に王位継承者として学んだ。

 王にこそならなかったが、内政面での才覚もあり、中央で働くことを期待されていた。しかし、学生時代に出会った岡山村の当時の領主の娘と恋に落ち、婿養子に入ることになったのだった。


 前の岡山村領主には息子がいたが、姉が婿養子をとったのを機に、現在、音楽家になって全国を旅している。それぞれに前世から引き継いだ想いがあるので、貴族といえど後を継がない可能性も多い。だから貴族に生まれたからと言っても、成人までは特権も少なく、仕事や学ぶことは多いという、意外と厳しい生活なのだそうだ。



 エドワード公爵には5人の子供がいて、まだ全員成人前だが、長男はトウキョウの学園に通う傍ら、休みにはこまめに帰り、領地内の小村の管理の補助などをしている。


 そんな岡山村だが、現在山田村との間にある小さな村を3つと、面積が大きい薬草の森ダンジョンを領地内に持っている。

 国内でも一二を争う薬草の産地で、その薬草を適正に処理するため薬師の数も多く、薬師を養成する学校も岡山村の中にある。

 その他には、街道から外れた山側にある小村では果樹栽培が盛んだ。街道沿いの小村は、宿場町としての役割と、海岸にほど近いので、漁師が住んでいるが、海の魔物は対処が難しいため、小舟で漁に出ることは難しく、海岸からの漁に限られる。ただ、幸い海岸からでもよく釣れるらしく、魚は普通に庶民の食卓に出ている。


 話は少しそれたが、この街の一番の産業は、薬草なのである。

 それを踏まえて、その薬草の森ダンジョンの改変と、今回のコイルによる、入り口付近の開拓だ。


「領主様の考えでは、ダンジョンの安全が確認されれば、デルフの森に薬師の拠点を作りたいと思っているようです。私は冒険者ギルドの権利担当職員なので、できるだけ冒険者の権利を損なわないよう、交渉に参加します。コイルさんも短絡的にお返事せずに、よく考えて、分からない時はいつでも私のほうを見てくださいね」


 ユーインはコイルの保護者を買って出たようだ。



 結構長い時間馬車に揺られていた気がする。ようやく着いた集会所は、その名とは裏腹に、洗練された三階建ての豪邸だった。

 門の横には門番が立っていて、ユーインさんの身分証とコイルのギルドカード、領主の依頼書を見せると、通ることができた。


 今日ここには、明日の調査隊の面々も待機しているそうだ。もちろん、本隊の方で、ギルド募集の「ついて行き隊」ではない。

 そんな説明を受けながら、小さな応接室に案内された。

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