第9話 母の味

 昼前には作業を終えて、今日こそは、ゆっくり寝るぞと意気込み、岡山村へと戻るコイルとポックル。

 ルフは残念ながら、また留守番だ。

 ちなみに、昨日は夜中まで作業していたとはいえ、今朝は日が昇るまで寝ていたので、睡眠時間は足りている。




 まだ明るいうちに街に着き、そのままオートキャンプに直行する。

 買い置きしてあった餌を食べさせながら、しばしブラッシングしながら寛いだ。


「ねえポックル。ギルドに報告に行かないといけないんだけどさ。昨日もここからギルドに行ったら、忙しく出発することになったよね。

 今日もなんだか、すんなりここで寝られない予感がするよ」


「ひひん」


 肯定するようにポックルが首を振る。


「本当ならすぐにギルドなんだけど、その前に晩御飯と、あとお風呂も行きたいよね。うん、そうだ!お風呂に行こう。それでご飯食べて、それからだね」


「ひん、ぶるるっ」


 ポックルも気持ちよさそうにブラッシングされている。


 じゃ、ポックルもゆっくり休むんだよ、と言いながら、コイルは銭湯に行った。


 風呂は大きな宿や余裕のある家にはあるが、小さな宿屋や生活が厳しい家には無いことも多い。というのも、この世界では魔法が殆ど皆使えるので、飲み水に困らなかったため、上水道が発達しなかったのだ。

 下水道は、きちんと普及している。というのもトイレにこだわりのある人が多く、本当に早い時期にお尻だって洗ってくれる、魔道式のトイレが普及した。また生活排水も、人口が増えるにしたがって、そのまま川に流す訳にはいかなくなり、1か所でまとめて浄水処理したほうが費用もかからないということになったためだ。

 王都の方から徐々に水道も普及しているが、地方ではまだ、台所ではウォーターの魔法が使える魔道具や、余裕があるときは自分の魔法で水を出す。トイレは水洗まで魔道具任せ。洗面所にも魔道具がある。毎日顔を洗ったり料理をする程度なら、魔石の交換はさほど頻繁でなくてもよいし、魔石は魔物を狩れば手に入るので、そんなに高価なものでもない。


 ただし、風呂に毎日湯をためようと思ったら、魔石の消費もちょっと大変だ。

 なので、大抵どこの町や村でも、風呂は川の水を引いた銭湯があり、住民にもよく利用され、親しまれている。


 岡山村は大きい街なので、銭湯も何軒もあり、それぞれに浴槽を工夫して、客を集めているようだ。コイルは特にこだわりもないので、受付の人に聞いて、宿から一番近い銭湯に向かった。

 入浴料は1時間100円の時間制だ。洗濯したい場合は、300円かかるが、洗濯機に放り込んでおけば、入浴中に洗濯から乾燥まで全自動で済ませてくれる。


「この洗濯機、欲しいんだけど、高いかなあ」


 魔道具屋に行けば、20万くらいで置いてあるらしい。が、維持費も相当高いらしく、銭湯で安く使えるのは、店が宣伝用としてサービスしているのと、銭湯用に引き込んでいる水を使う、上水道使用モデルだから、維持費が安いためである。


 一般家庭で使われているのは、川の水を汲むか自分で魔法で出すかして、スイッチを押すと洗ってくれる魔道具、洗濯バケツだ。洗って排水、脱水までを自動でしてくれるが、水の入れ替えは手動なので、途中で2回ほど水を入れに行かなくてはならない。それでも手洗いよりは簡単だし、安くて維持費もほとんどかからない魔道具なので、良く普及している。



 そんな訳で、ちょっと何日か着ていたコイルの服も、すっかり綺麗になって、また着られた。本人もサッパリして、ご機嫌だ。見た目にこだわらないコイルは、同じ服を洗っては着、洗っては着てずっと過ごしている。

 RPGの主人公たちもいつも同じ服だが、案外そんな理由だったりして。



 サッパリしたら良い具合にお腹が空いてきたので、今度は銭湯の受付に、近くで美味しい店はないか聞いて、晩御飯をとることにした。



 銭湯の向かいにある食堂は、少し古びた佇まいで、同じ通りの他の店ほど繁盛していないようだったが、味は家庭的な、暖かい店だった。

「この辺は夜は遅い時間のほうがにぎやかなんやけど、うちは家族経営やから、早めに店じまいするんよ」息子を寝かしつけないとね、ははは。と朗らかに笑いながらおかみさんが料理を置いて行った。

 少し硬めのハンバーグと、ネギがたくさん入った味噌汁が、母の味を思い出させた。


 そういえば、冒険者になってから半年以上になるが、まだ一度も帰っていない。

 この世界「第二の人生」では、どうしても親子関係は希薄になるが、それでも成人まで育ててくれた両親には、コイルも感謝している。

 ここでの生活が落ち着いて、自分の家ができたら、一度土産を持って帰るのも良いかもしれない。


 まだまだ、1年以上先になるかもしれないが、それを目標に頑張ってみるかと、コイルは一人静かに決心した。

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