第5話 これもまた日常
「ん……んぎゃあ、んぎゃあ、うみゃあ、みゃあ……」
エリカの腕の中で、小さなクシャクシャな女の子が、一生懸命何かを訴えている。
陣痛が始まって半日、日付が替わりかけた頃にその子は生まれた。
安産だったので、エリカも赤ちゃんを抱いて、しっかり顔を覗き込んで微笑んだ。おめでとうございます。と言う医師の言葉に、全員で「ありがとうございます!」と返事を返し、びっくりした赤ちゃんに、また泣かれてしまった。
ワタワタと慌てる男たちを置いて、おかみさんが医師に礼金を渡し、ミノルに送って行くよう指示している。流石に経験者である。
翌朝、早い時間に手の空いているリーファンとケンジで、エリカとリーファンのベッドを降ろして、リビングに設置した。一か月くらいはこのまま、皆が見えるところにいて欲しい。少しうるさいかも知れないけれど。
「ねえエリカ、名前、何にしよう?」
「そうだな。良い名前を考えなければな。……この子の前世はどんなだったのだろう」
「うん。でも今は俺たちの子だよー。きっと美人になるなあ」
騒ぎに巻き込まれて結局泊まることになったエドワードと護衛の皆さんも一緒に朝食を食べて、昨日からの騒動もいったんお終いにして、身内だけで改めて今日からの予定を確認しあった。
と言っても昨日の話と大差なく、エリカは当分子育てに専念し、リーファンも攻略隊が動き出すまではエリカと一緒に家に待機する。一か月はおかみさんがずっと家にいて、家事をしてくれることになった。
ちっちゃくてよく泣く赤ちゃんに後ろ髪をひかれつつも、数日後に迫ったダンジョンの危機を思い出し、コイルとミノルはそれぞれの役割を果たすため、ダンジョンへ、街へと出発した。
コイルはポックルを一緒にダンジョンに連れて行った。これからしばらくの間、ポックルはダンジョンで過ごすことになる。看護ロバ、ポックル。その謎の異能を活かすときがついに来たのだ!
「ぶるるっ、ふん」
やる気MAXである。
頼んだよ!と鬣をひと撫でしてから、コイルは第5層へと向かった。
5月の第5層はいつにもまして圧巻の美しさだ。天空の花園は年中美しいのだが、この季節に花を付ける薬草は非常に多い。その花も小さくて可憐で、緑のじゅうたんにモザイク模様を散らしている。そんな花々の間を縫うように飛ぶ蝶や蜂もまた、美しい模様を見せびらかしているのだ。
崖の滝からは白く飛沫が上がり、風に舞って虹を作り、滝壺の水は対照的に吸い込まれるような透明で深い緑色の水をたたえている。
第4層へと続く小道の先には、緑の木や蔦に覆われた魔獣たちの家モンスターハウスがある。侵入者が入れば閉ざされ、戦場になるその家も、今は開かれ、部屋によっては、天井が無く木々が青空に高く枝を伸ばしていたり、地面に穴が開いて隣の部屋まで地下を通って繋がっていたり、魔獣たちの過ごしやすいように変えられている。
半年前の戦いのときは戦場になって多くの魔獣が魔石になったが、今は設定を替えて他の場所と同じように大きなダメージを負うと転移で飛ばされるようにした。
あれから何度も、ミノルや魔獣たちと話し合いをして、今回の様な攻略隊が結成されたときの対処も、おおよそは整えている。
本能のままに戦っていた魔獣たちも少しずつ技と戦略を覚え、戦力も増した。それでも万が一、第4層と第5層が突破されたなら、魔獣の家の出口にはコイルが立って、最後の説得をするつもりだ。その説得は、話し合いにはならないだろうけれど。
コイルは滝の上の方を眺めた。そこには珍しく巨大な龍の姿に戻った龍王が静かに空を見ている。そして何故か、その頭上に人化したマツが立って、コイルに手を振っていた。
「おーーい、マスターーー!薬草茶、淹ーーれーーてーー」
「オッケーーーだよーーー!」
そう。今日もまた平凡な日常だ。戦いに備えるなんて、いつもやっている事なのだから。
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