第4話 束の間、ダンジョンのことはすべて忘れて

 大規模な私設攻略隊が結成された。

 そんな話がコイルたちに届いたのは5月の初めだった。


 その話をコイルに持って来たのは、領主エドワードだ。エドワードはコイルの敷地内のデルフの木を一本もらって、こっそり自分好みのツリーハウスを作って、仕事にかこつけて週2、3日ほどのペースで遊びに来ている。

 その日も畑仕事が終わったコイルたちがお茶を飲んでいると、護衛も連れずにフラっと現れた。


「やあコイルくん、この菓子は知っているかね?先日モミジから移住してきた者が屋台で売り始めたのだよ」


「わあ、可愛い形のおまんじゅうだ!ありがとうございます。なんだか懐かしいなあ」


「そうだろう、そうだろう。わっはっはっ」


 コーヒーともよく合うのだよ、と言うのでコーヒーを淹れて、早速みんなで食べることにした。もちろん棟梁たちの分は残している。

 屋台で目の前で焼いてくれるおまんじゅうは、まだほんのり暖かくて美味しかった。


「ところで、昨日のことなんだが、冒険者ギルドから連絡があってな……」


 遠くから集まってきた冒険者たちの一部が、何度かダンジョンに通った結果、どうしても攻略したいと考えるいくつかのパーティーが集まって攻略隊を結成したらしい。


 岡山村の冒険者ギルドとしては、現在良い状態で維持されているダンジョンで、少なくない収入源でもある。崩壊の危険が少ないことも、何度かの話し合いを通じて理解され始めた。従って、冒険者に対しては、「第4層の闘技場より先の攻略はご遠慮ください」とお願いしている。

 しかしそれはお願いであって、冒険者に攻略を禁止する拘束力はない。ギルドは自由に活動する組合員たちを補助する機関であって、戦いに関して強制力を持って指示できるのは魔物のスタンピードの時だけだ。


「他の地方から続々と冒険者が流入している今、この攻略隊を無理に解散させるのは危険だとの声も上がっている。どうだ、コイルくん。今のダンジョンの防衛力で50人近いA級、B級の冒険者は止められるだろうか?」


「多分大丈夫とは思うけど……」


 新入りのウラと龍王、進化した秋瞑と最近出番が少なくて拗ねているフェンで、殆どの冒険者は追い返せると思う。万が一、エリカのギフト「ほろびのじゅもん」クラスの大技が出たら厳しいかもしれないが、その手のギフトは殆ど無いうえ、あっても使用制限が厳しいので、きっと大丈夫だと思いたい。


 エドワードはこうして情報を持ってくる事位しかできないが……と言うけれど、本当にコイルが危険になったら介入できるよう、騎士団から数人、第4層へ送ってくれるようだ。ミノルの元同僚達である。


「ありがとうございます。本当に嬉しいし助かるけど、なるべく自分たちで解決してみます」


 教えてもらっただけでも、とても助かる。前回の危機の時はいきなりで、準備も出来なかったけれど、今回は攻略隊の出発までにまだ何日か余裕がある。


「段取り八分と言うからな。しっかり準備して迎え撃つとしよう。エドワード様、情報をありがとうございます」


「うむ。まあ、あれだ。その、岡山村としても利益があるからな。決してコイル君やミノルを贔屓しているわけではないぞ。さ、では私は今から釣りに行くのでな。詳しい日程が分かれば、また連絡しよう」


 コーヒーを飲み終わったエドワードは、屋台で買った昼の弁当を持って、自分の隠れ家に行った。すっかり完成した隠れ家には最近の趣味の釣り竿が壁一面に飾られている。

 デルフ村の横の川は広くて深いので、かなり大物が釣れるらしく、時にはコイルのところにおすそ分けしてくれるほどだ。海岸まで行けば、岩場もあれば砂浜もあり、釣り師にはたまらない土地である。外壁の外で、最近は数は少なくなったが魔物も現れるため、エドワードの釣り友達は皆、腕に自信のある、かつて冒険者や傭兵として活躍してきた元気な爺様たちだ。

 とはいえ、こっそり隠れて付いているであろう護衛達の苦労がしのばれる。



 さて、エドワードを見送ってからコイルたちは今後の方針を話し合った。

 攻略隊が結成されたからと言って、すぐに出発できるわけではない。全国から見知らぬ者たちが集まっているのだ。互いに方針を話し合ったり、持って行くものを準備するのに一週間は猶予があるだろう。

 コイルはしばらくはダンジョンでの活動がメインになる。ミノルはデルフ村や岡山村で情報を集めることに。リーファンはいざという時までは家で待機。そしてエリカは……


「……ん」


「エリカ、どうしたの?」


「さっきから、定期的に腹が痛い。前世のあの時を思い出すな」


「え、大丈夫?」


「ああ。まだ大丈夫だ。すまないが医師か産婆を一人呼んで欲しい」


「え、」

「ええーーーーーーーーっ!」


 リーファンが家から転がり出て、駆けて行った。

 ミノルもおかみさんを呼びに、棟梁たちの仕事場に行く。

 コイルは、あたふたと、まるで産婦の夫のように役立たずだったが、意外に冷静なエリカから指示をもらって、あらかじめ準備しておいた防水布を、リビングのソファーベッドに

 敷き、タライやたくさんのタオルを準備した。

 フェイスは時々興味深そうにエリカを見つめながら、最近覚え始めた料理を作っている。

 呼びに行ったみんなが戻ってきて、ベッドの周りを衝立で囲んで出産の準備を整える。

 釣り帰りのエドワードが何の騒ぎかと見に来て、リーファンと一緒に衝立の外でウロウロしている。



 それから半日、賑やかで、不安で、ハラハラ、ドキドキして、そして幸せな時を過ごした。

 束の間、ダンジョンのことはすべて忘れて。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る