第31話 ミノルのギフト

 月のない夜の森は、暗くざわめいている。

 ライトの明かりはぼんやりと、二人の周りだけを照らす。

 闇に沈んだ森の泉のほうから、真っ白い氷狼が姿を現した。ルフだ。




「な……ん、で、何言ってんだよ、ミノルさん」


 気を取り直して何でもないように話しかけたコイルだったが、ミノルは少し顔をしかめて苦しげに言った。


「落ち着け、コイル。俺はお前を責めたり攻撃したりする気はない。ただ、聞いてみたいだけだ」


 脇でルフが唸っているのを宥めるコイル。コイル自身は最初は動揺したが、今はもう落ち着いているつもりだ。


「コイル、お前のそのギフトの力、少し抑えるよう、意識してみろ。俺が敵意を持っていないのは分かるだろう?ルフは押さえなくてもいい。俺が何かしようとすれば、ルフが守ってくれるんだろう?」


 ミノルの顔色が悪いのは、コイルのギフトの効果のようだ。


「でも……僕、ギフトは自動だから……自分でどうにもできないよ」


「大丈夫だ。常時発動のギフトも、その強さは自分で調整できる。俺を、いや、ルフを信じるんだ。可愛いだけの子犬じゃあないんだろう?お前に危険はない。大丈夫。深呼吸しろ」


「わかった。やってみる」


 コイルはルフの背中に手を置いて、心の中で「ミノルは大丈夫。ミノルは大丈夫」と言いながら目を閉じて深呼吸した。

 指先からビリビリとルフの緊張感が伝わる気がしたが、そのままミノルは動かず、ルフもまた、コイルの横でじっとミノルを見つめていた。


 しばらくそのままでいると、ふっとミノルが息をつくのが分かった。そっと目を開けると、肩で息をしながらミノルが笑っている。


「よくやった。出来たな」


「うん……でも、僕……前は敵意のない人にまでギフトは効かなかったのに」


「常時発動のギフトのコントロールは難しい。コイルはおそらく、以前よりも強くなったのだろう。コイルのギフトは「危険と思われるものを遠ざける」だ。俺が秘密を知ったので危険だと思ったんだろう」


「ああ、そうだ。何故僕が……ダンジョンマスターだと?」


「それは俺のギフトの効果だ。俺のギフトも常時発動型で「鑑定-ただし個人情報は保護-」だ。俺には道行く人皆の名前、年齢、性別が見える」



 食事をしながら、まずはミノルの話を聞いた。

 ミノルのギフトは「鑑定」

 最初は名前が見えるだけだった。

 周りの人の頭の上に、文字が浮かんで見える。

 成長と共に、年齢や性別が分かるようになって、その後、体力や魔力、ギフト、称号、体調……といった詳細が見えるようになった。見える項目はどんどん増えて、人と会えばその周りに広がる文字に集中力を奪われる。毎日の生活にも支障が出るようになり、やがて家の中に引きこもり、家族ともほとんど会わない生活を送るようになった。それがミノルの少年時代のこと。


 元々は前世で友人と思っていた人に騙されて、第二の人生では騙されないように、その人が何者か分かるようになりたいと願って得たギフトだった。

 けれど鑑定が見せてくれる情報は決してその人の本質ではなく、ただ単に表面上の情報に過ぎなかった。見えなくてもいい!そう願いながら過ごしたある日、部屋に食事を持って来てくれた母の頭の上には、辺り一面覆うような略歴ではなく、ただ、小さく名前と年齢と性別が書かれてあった。


 サクラ 42歳 女


 びっくりしてそれを見つめると、体力や魔力、ギフトといった詳細が徐々に見えてくる。

 見たくない!と思うと、また名前と年齢と性別だけになる。

 そんな母の情報を見ながら、あ、そうか、母さんもう40過ぎたんだなあ。とぼんやり考えていると、不意にミノルを寒気が襲った。

 母の頭上の情報から目を外し、顔を見ると、腰に手を当てて自分を見る母。


「なんば見よっと?あんた、またしょーもないこと考えとったやろ。ほら、早よお食べ」


 自分が引きこもっても、怒らない父。放置じゃないけれど、程よく離れて、いつも笑っている母。

「ギフトを制御するんは、こん世界を楽しむための一番の課題っちゃけんね。自分の望みに沿うように、ギフトをコントロールしちゃり」


 笑いながら頭をなでてくれた父母だった。それからしばらく、自分で訓練して、鑑定の表示を通常は最小限に抑えるように出来た。



 それからは猛烈に体を鍛え始めた。元々運動は嫌いではなかったが、体力と魔力を鍛えて上げたほうがギフトをコントロールしやすいことが分かったからだ。

 それが高じて騎士となり、今ここにいる。


「鑑定は上手に使えば、この世界でもかなり強い力になるギフトだ。そのため、制約が付いている。それが個人情報の保護だ。

 俺は鑑定で知った詳細情報は、本人の許可なく他者に漏らすことができない。つまり、コイルの名前、年齢、性別以外の鑑定で知った情報はエドワード様にも報告できないのだ。つまり、コイルがダンジョンマスターであるとか、魔物を一切近寄らせないギフトなどは、報告したくとも出来ない。

 だが、それはこの領にとって危険だった。だから、コイルを見極めようと思った。

 鑑定で見たのは情報に過ぎない。俺は本質が知りたかったんだ。コイルの」


 ミノルの目はコイルの頭上ではなくその目にしっかりと合わされていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る