第14話 山田の奇跡

 エリカの放った魔法は、町の正門のほんの50メル手前まで抉っていた。

 正門から1キロメル以上離れていたにもかかわらず。



 正門近くにいた魔獣は難を逃れたようだったが、小型種も合わせてほんの数千匹だったので、集まっていた領軍や冒険者たちに程なく壊滅させられた。



 コイルたち三人は、コイルのお尻の具合を考慮して、壊滅戦が終わるころ、ゆっくりと町にたどり着いた。


 正門前には固唾を飲んで見守る人々。

 中の一人の、冒険者らしき男が声をかけてきた。


「なあ、エリカ、さっきのは、お前のギフトか?」


「ああ、そうだ。これで私も、強力な切り札をなくしてしまった。もう普通の女の子に戻るしかあるまい」


「なんと!鬼姫エリカが、最終兵器を手放したぞ!」

「ウォーーーー!」

「やったー」

「世界の危機は救われた!」

「魔王が、魔王が普通の鬼姫になったぞーーーー」

「鬼姫ー」

「鬼姫ー」



 群衆がかつてないほどの歓声を上げ、鬼姫コールしている。

 コイルがしがみついているエリカの体が、心なしかプルプル震えているようだ。


 エリカが大きく息を吸い込んだ時、「ピーーーー」と、鋭い笛の音がした。


 今回の戦いの総司令官だった。

 あの笛はエリカを鎮める働きがあるのか?


 群衆もようやく落ち着いてきた。


「今回の勝利は、ひとえにその方らの活躍によるものである。領主からも、感謝しよう。三人とも、冒険者ギルド所属ということなので、褒賞についてはギルドの長を通してお渡ししよう。それとは別に、領主からお言葉があるので、場が整うまで、数日間この町に滞在してほしい」


「はい。了解いたしました」


 ギルド長が現れ、三人を手招きした。

「では、こちらへ。今後の予定を話すので、ギルドの応接室へ案内しよう」



 ギルド長はいかにも冒険者上りといった風情の厳つい体を持つ壮年の男だった。


 応接室に入り、秘書に茶を頼み外に出すと、ギルド長はおもむろに、カバッとテーブルに手をついて頭を下げた。


「今回のこと、心から感謝している。ありがとう」


「えーー、ちょっとギルド長、頭を上げてくださいよ」

 リーファンが慌てて止める

 ギルド長はすぐに頭を上げたが、目が少し潤んでいる。


「今回のダンジョン崩壊の規模は、推定100万頭の魔獣の群れで、そのうちの6割がこの町に向かってきたと思われる。こんな時、矢面に立つのはいつも冒険者ギルドだ。もちろん、強制ではないが、多くの冒険者はこんな時進んで戦ってくれる。

 120年前のシモノセキの悲劇では、100万規模のスタンピードが発生し、冒険者2500人のうちなんと、8割が死亡したという。

 今回のスタンピードで、この町の死者は、冒険者も住人も軍も、皆合わせて、0だった。これがどんなにありえない奇跡だか分かるだろうか」




 そもそも、この町にA級のエリカやB級のリーファンが居たのは、領主からの依頼だった。

 魔鉄の洞窟は、ここ数年、攻略人数が伸び悩んでいた。

 というのも、ここからさほど遠くない山中に、数年前魔銀鉱山ダンジョンが見つかって、冒険者がそちらに一斉に流れたからだ。

 ダンジョンの魔物は外に出ないが、冒険者が入って一定数の戦闘がなければ、崩壊する危険がある。


 この魔鉄の洞窟も、崩壊の危機にあるのではないかという研究者の助言もあり、領主主導で軍を増強したり、上位冒険者に依頼したりして、数日以内にダンジョンの大規模攻略をする予定だったのだ。


「だから、少し計算より崩壊が早かったけど、準備していて良かったなーって事じゃないですか?ねっ」


 リーファンが軽い感じで流している。


「だが、エリカはたった一度しか使えない最終兵器を……」


「良いのです。成したい何かがあるからこそ、皆ギフトを持って生まれてくるのだから。私にもようやくそれを使うチャンスが訪れたのだ」



 その後、報奨金の分配方法について説明を受けた。今、各種ギルドの職員たちが総出で、落ちている魔石を拾い集めているところだ。

 あのエリカの一撃の後にも、しっかり魔石は落ちていた。

 それをすべては領主のもとに届けられ、その利益から5割を報奨金として支払うのだ。

 残りの5割は、町の壊れた場所の修理や被害者の補償に充てられる。

 大量の魔石が値崩れしないための方策でもある。


 コイルとリーファンとエリカの三人には、その報奨金のうち半分がもらえることになった。

 三人は遠慮していたが、冒険者たちの、「鬼姫にぜひ」という気持ちを受け取った形だ。


「金額がわかったら渡すので、三人の分配を話し合っておくように。もめるようならこちらが決めてもよいが、お前たちなら、大丈夫そうだ」


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