第6話 冒険者ギルドは役所

 カンサーイの町を出る前に、冒険者ギルドに寄って届け出をする。

 ギルドは戸籍を管理しているので、市役所的な役割も持っているのだ。


 受付では、きれいなお姉さんがにっこり笑って声をかけてくれた。

「いらっしゃいませ、何かご用ですか」

「はい。岡山村の方面に引っ越しをしようと思うので届けに来ました」

「そうなの。では、ギルドカードを出してください。転出の記載をしますね」


 普段のギルドでの手続きはリーダーの少年に任せていたので、コイルが受け付けの前に立つのは初めてだった。思っていたよりずっと優しくて感じの良い応対をしてもらえて、少しドキドキする。


「えっと、昨日付で、コアンの星のリーダーから、あなたの脱退届が出ていますね」

 コアンはコイルの出身村で、コアンの星は件のパーティー名だ。

「はい」

「新しく他のパーティーに参加する予定はありますか?」

「いえ」

「では、ソロと記録しておきますね。岡山村までの地図はお持ちですか?」

「いえ、学校で習ったのでおおよその地理は知っていますが、地図は持っていません」

「そうですか。途中の町村や、危険個所などが書かれた地図がギルドの売店に売っていますので、よろしければ後で見ていってくださいね」

 カンサーイから岡山村までは、ほぼ一本道だが、言われてみれば地図の一つくらい持っているのもいいだろう。

 続けて、受付のお姉さんが説明をしてくれる。

「カンサーイから岡山村までの街道沿いの町で、ギルドの支部があるのは、リコリ、タイソン、山田村の三か所です。

 山田村の少し手前と、岡山村の少し先には、街道に面したダンジョンの入り口があります。

 ダンジョンから魔物が出てくることは殆どありませんが、ダンジョン付近に淀みがある場合が多いので、気を付けてください。両ダンジョンともに、付近に大き目の淀みが二か所ずつ確認されています」


 滑らかに説明してくれたあと、お姉さんは手元の紙にサラサラと何かを記入し、コイルを見るとにっこりと笑い、手元の紙の半分をコイルに渡した。


「こちらが転出書類です。引っ越す町の最寄りのギルドで、住民登録をお願いします。カンサーイの住民税が半年分返却されますので、しばらくお待ちくださいね」


 始終笑顔だったお姉さんは、コイルに書類を渡すとサッと後ろの職員に残りの半分の書類をまわし、もうコイルには目もくれず、「はい、次の方どうぞ」と、次の男に、にっこり笑いかけている。お姉さんは立派な職業人なのだった。


 売店を覗いて、地図と鉛筆を買って、住民税を受け取り、コイルは冒険者ギルドを後にした。



 駐車場から荷車を引いたロバのポックルを引き取り、手綱を持ってポックルの隣を歩く。

 騎獣屋で見た通り、ポックルは温厚な性格で扱いやすいロバだった。

「いよいよ、出発だね。頼むよ、ポックル」

 鬣をなでると、ロバは気持ちよさそうにフーーっと息を吐いた。



 カンサーイの街中は、歩いている人が殆どだ。たまに馬車が通り、ごくまれに自転車が通っている。自転車は高価な乗り物だが、スポーツとしては乗馬と並んで人気があり、全国に愛好者がいる。コイルも一度だけ、乗せてもらったことがあるが、全く乗りこなせなかったので、いまだに何百万も払ってアレを買う人の気持ちがわからない。

「旅はのんびり歩くのが一番だよ」

「ひんっ」


「第二の人生」は、コイルが前世で生きていた時代よりも、かなり古い。学校で学んだことによると、江戸時代の町に、昭和家電を導入して、平成の便利グッズを少し足したくらいの文明だそうだ。この国、ヤマト王国が出来てから500年になるが、300年位前から、今とあまり変わらない生活水準らしく、画期的な発明はいくつもあるが、生活全体が極端に変わったということはないらしい。


 適度な不便さが、生きている実感を生むという、神様の配慮なのかもしれない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る