第17話 それぞれの夜
冒険者なのに、魔石を買うという今日この頃。ダンジョンマスターになってからというもの、魔獣の立場もいろいろ聞いて、野外で襲われたならともかく、わざわざ魔物を狩りに行こうという気分にはならない。
まあ、狩ろうにも、傍にもよれないわけだが。
とはいえ、この世は魔石で動いている。
魔物のほうも、人と戦いたい都合があるようなので、残された魔石は有難く使わせていただくことにする。
問題は、薬草の森ダンジョンの魔獣たちである。
そもそも、魔獣の数が減ればダンジョンマスターであるコイルに危機が迫るということで、死なないように工夫を始めたのだが、短い間だが魔獣、氷狼のルフと一緒に過ごしてみて、自分の盾という以上に情が湧いてしまったのだった。
第2層の魔物たちは弱く、剣の一振り、矢の一本でも急所にあたれば即死である。
今はドンと背中を押してそのままダッシュで逃げる戦法だが、冒険者が反応出来て反撃すれば、そのまま魔獣の本能に従って離脱できずに戦闘が始まる。
戦闘が始まれば、2層の魔獣は冒険者たちにとって、ただの獲物に過ぎない。
コイルは宿に帰りポックルの背をブラッシングしながら、何か良い方法はないかと考え続けた。
夜も更けて、悩みながらもコイルが眠りに着いたそのころ、ダンジョン攻略隊と付いて行き隊は、第2層を一通り見て回り、いったん第1層に戻って野営していた。
付いて行き隊の中でも、第1層限定の低級の者たちはすでにダンジョンを後にしている。薬草は今まで通り十分にとれて、危険度もさほど変わりないだろうということで、明日以降第1層に関しては、通常通り一般の冒険者達にも解放される予定だ。
第2層の入り口には、第1層と同じように看板があり、
「ここより第2層
三つ並んだ宝箱は、一つだけ選べ
当たりは1つ。薬草が手に入るだろう
外れれば、ささやかな代償を頂く」
と書かれている。攻略隊には薬師ギルドから参加した専門家が、第2層に生えている薬草のチェックをしているが、普段薬草が見つかる草むらには小さな宝箱が三つ並んでおいてあり、ハズレを開けると体力が減る仕組みなのが分かった。
3つ全部開ければ必ず一つには薬草が入っている(植わっている)ので、体力に自信がある人には良いかもしれない。
当たりの薬草は、普段ここで取れるものと同じだった。
衝撃的だったのは、襲ってきた魔物に反撃した際、手傷を負わせると魔物が消えて、代わりに空から薬草が降ってくるようになったのだが、その薬草の中に稀に、とても珍しいものが入っているのだ。第1層の薬草など、いっそ出てきても持って帰る手間も惜しいくらいだが、様々な種類の薬草がランダムで落ちてきて、その中に一つ、過去に第4層で一度だけ見つかったことがある、アサギノコマクサという毒草があったのだ。手に取った領軍の兵は知らなかったが、確認に行った薬師が大興奮で取りあげ、下処理を始めた。毒草なのでこのまま他の薬草と混ぜては大変危険なうえ、処理が悪いと使えなくなるが、毒薬としてだけでなく、使い方によっては麻酔や痛み止めの原料として貴重なのだそうだ。
下処理が済んだ薬草は一度兵士に返されたが、絶対自分のところに売りに来るようにと、薬師にしつこく言い含められていた。
第1層、2層ともに地理的な構造にはほぼ変化はないが、ダンジョンの雰囲気がずいぶんと変わっているので、攻略隊のメンバーは不安な夜を過ごした。
例外的に、薬師ギルドのメンバーのみ、隅に集まって非常に盛り上がっているが。
初日はすでに十数人の離脱者を出している。離脱者が安全に外に避難したことは、外と連絡を取っていてわかってはいるが、第2層はもう少し調査と攻略法の研究が必要だと、指揮官は明日の計画を立て直している。
不安を抱えながらも人々が寝静まるころ、インターフェイスは考える。
インターフェイスと名乗ってはいるが、実質的にはダンジョンの運営者である。人々の怨念が凝り固まってできた魔物のダンジョンマスターに、いきなりダンジョン経営などできるわけもない。ほとんどすべてのダンジョンは、マスターの方針に合わせて、インターフェイスと呼ばれる「世界とダンジョンを繋ぐもの」が運営しているのだ。
インターフェイス同士は世界の理を介して情報のやり取りをしているが、今回のマスターは人間であるからか、特異だった。
方針だけ伝えて、あとは丸投げと言うこともない。無茶な内容を要求し、為されないからと言って当たり散らすこともない。少しのんびりした性格のようだが、自分から積極的にダンジョンに関わろうとしているようだ。
マスターの方針は、冒険者が死なない、魔物も死なない、そして自分の正体を隠す。
この魔物が死なないことと、魔物の本能として戦いたいということを、どう折り合いをつけるのかが今後の課題だ。
人化ができるほどの上位の魔物は良いのだ。そもそも、即死になるような事態はほぼ無いだろう。
問題は第2層の弱い魔物たちだ。
他のダンジョンではありえない課題に、インターフェイスは静かな夜の時間を使って過去の情報を探す。
マスターも今頃、いろいろと悩みながら眠りについただろう。
「どうしたらダンジョンが、より長く維持できるか」ではなく、「次に何が起きるのだろう」という今までになかった小さな期待感が、夜のインターフェイスを動かす原動力になっていることに、インターフェイス自体が気付くのは、まだ先のことだった。
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