第22話 鯉王はやがて

 ウラは鬼だ。元々は変わり者の鬼熊だった。

 大きくて魔力を沢山放出する淀みで、他の鬼熊よりも力を溜め込んで生まれたウラは、感情もまた、普通の鬼熊達よりもたくさん抱え込んでいた。


 普通の鬼熊達はしばらく淀みの傍で過ごした後、ふもとに向かって下る。そこに人が住んでいるからだ。だが、ウラは淀みの傍を離れなかった。もっと強く、もっと大きくなるのだと心に決めて。高い山だが、ごくまれに旅人が迷い込むこともある。そんな人と戦いながら、ウラは強くなった。100年前、マツと会ったときにはまだ鬼熊だった。それから何十年も過ごし、ある日気が付けば、その体は鬼へと変化していたのだ。


 まだだ。もっと強くなれる。

 ウラはこのままであれば着実に、災厄へと成長するであろう、つまり「強くて引きこもり」だったのだ。



 戦いでカッとなった頭を、残雪に物理的に冷やされながら、ウラは仕方なく負けを認めた。


「確かに、ダンジョンマスターの変な圧力が無ければ、俺がここまで手も足も出ないことはなかっただろう。変な機械を振り回して奇声を上げるマスターだが、認めてやらんこともない」


「……もう少し素直に、参りましたって言っていいんだよ!」


 コイルの少し魔力を乗せたそのセリフに、意思に反して「参りました」と答えて呆然とするウラ。コイルと薬草の森ダンジョンに、巨大な鬼が従属した瞬間だった。


 離れたところで荷物持ちをしながら見ていたフェイスが、近寄ってきた。

 ウラは体勢を崩されて起き上がれなくなってしまったが、傷自体はさほど酷くなかったので、フェイスに魔力を補充してもらい、傷をふさいだ。


「これからのことを相談したいのですが。ウラが生まれた淀みはここから2時間ほど進んだところにあるそうです。その付近には今は一体も鬼熊が居ないということなので、淀みに干渉するのは止めようと思うのですが、どうでしょうか?」


 フェイスの提案にコイルが首をかしげると、続けてフェイスが理由を説明した。つまり、今回の旅の目的は強い魔物、魔獣を見つけることだ。淀みを取り込めばダンジョンの魔力は上がるが、今のダンジョン内では新しく魔獣を生み出すこともない、というのが一つ。

 もう一つはここから山の頂上に向けて登って行った所に、もう一つの淀みがあるので、二時間もかけて回り道をするよりも、直接上を目指そう、ということ。


「なるほど。うん。分かった。ところで次に探す淀みってどんなのですか?マツさん」


「ああ、そっちは詳しくは分からないんだ。びゅうびゅうと風が強い場所だから、あまり近寄りたくなくて。この山の頂上付近で、滝があって、その滝壺の中にある淀みに鯉王が生まれるんだが」


「鯉王?」


「黒光りする鱗を持つ鯉の魔物だ。それ自体はあまり攻撃力もなくて、跳ねて尾びれで打ちつけるくらいじゃないだろうか。滝壺から流れ出た川を下って、下流の、ああ、私の淀みの近くのあの川だが。蛇行しながらこの山の北側の海に流れ込んでいる川だよ。その川の下流で漁師を襲いに行くようだ」


 その鯉王自体は、全く強くないんだが、普通の魔物とは違う変わった性質があって、鯉王がたくさん集まると、合体して一つの大きな魔物になる。それが電王、雷の性質を持った巨大な金色の鯉の魔物だ。滝壺の中にはこの電王が何体かいるのではないかと、マツは言った。


 それを横で聞いていたウラが、ポリポリと頭を掻きながら口を挟んできた。


「あのだな、滝壺の主なら、今は電王ではないな」


 話しやすいようにか、ウラは他のダンジョンの魔獣たちに合わせて、人化した。5メルの巨体は人化して小さくなっても、2.5メルはあり、巨人と言っても差し支えないサイズだろう。褐色の肌のどっしりとした筋肉質な男性で、上半身は裸だが下半身は皮の腰巻に覆われている。頭には角の名残か、小さな突起が二つ、短い巻き毛の間から覗いている。


「それこそ、マツと会った100年前よりももっと前の話だぞ。滝壺の電王が50体を超えてな、合体して別の魔物になったんだ」


「……嫌な予感するんだけど。滝壺で、巨大な鯉が、進化して……」


「あ、コイルも?なんかピリピリするじゃん?ねえ。何か来そう。スタンピードの時を思い出すねー」


 ギフト「引きが強い」を持つA級冒険者リーファンが急に、軽口を叩きながらも武器を取り出し警戒を始めた。

 ウラと戦ったばかりの荒れた森の中で、他の面々も武器を手に取った。まだ昼にもなっていない明るい秋の青空が、にわかに重い雲に覆われ、遠くに雷鳴が響く。

 ウラも人化したまま立ち上がり、空を見上げた。


「来たな。あれが、電王が進化したやつだ」


 うねうねと曲がりくねって空を泳いで来る、細長い身体。いや、細くはない。近付けば空を覆い隠すほどの巨体、桜色に輝く鱗に覆われたその体は蛇のように長く、しかし鋭い爪を持つ手足と小さな羽を持ち、雷のような金色に輝く角と、夕焼け雲のようなたてがみ。

 龍だ。

 コイルたちの頭上にとぐろを巻いて浮かんでいる龍は、しばしそのまま下を眺めて、やがてひときわ大きな雷鳴と共に、人化して地上に降り立った。


「龍王、爆・誕!はーっはっはっ!恐れ入ったか、下界の者どもよ!」


 コイルたちの目の前に立ったのは、腰に手を当てて、胸を思いっきりそらして高笑いする、身長1メルちょっとの赤毛の少年だった。

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