第18話 巨大迷路へようこそ
意外なことに、船から降り立ったのはたった十人。
どうやら船内には領の重役が乗っているようだが、降り立ったのはいずれも使い込んだ装備のベテラン冒険者のようだった。
船着き場から見たところ、飛びウサギたちがいないだけで他に変わったところはない。あたりの様子を探っている間にも、奥から人や魔物が現れる気配すらなかった。
「オリーヴィアさん、本当にこのダンジョンで改変があったのかい」
冒険者の一人が船に向かって叫ぶと、甲板の上から女性の声で返答があった。
「少なくとも何かが起こっているのは、間違いありません。この付近にウサギがいなかったことはないのですから」
「じゃあこの島を一周して調べてくればいいんだな」
「ええ。日が暮れる前に、一度ここに戻って報告してください」
「わかってるさ」
冒険者は船に向かって軽く手を上げると、すぐに三つのグループに分かれて動き始めた。元々三組のパーティーを集めてつくったチームなんだろう。慣れた様子で砂浜やホテルの様子を調べている。
「ホテルの奥は切り立った崖になっていて、進めそうにないよ」
「地図だとここは道になってるな。じゃあ改変は間違いないのか」
「砂浜は全く変わりないわよ。前に何度か、ここに来たことがあるの。海の中にも魔物は居ないわね。こんなに平和なダンジョンなら、ウサギがいなくても保養地として使えるんじゃない?」
「けど危険な技を使う謎の子供がいるって話だろ。奥を探そう」
草地の向こうには木がまばらに生えた林がある。そこをまっすぐ突っ切ってかなり先まで進むと、第二層への入り口があったはずだ。けれど今はほんの百メル先では樹木が密集した状態になっていて、このまま奥に進むのは困難に見える。
そしてその代わりのように、地中へと向かう洞窟の入り口がぽっかりと口を開いていた。
これまでバラバラに探索していた三組の冒険者たちだったが、洞窟探索は協力することに決めたらしい。
十人が入り口に揃うと、中を覗き込んだ。洞窟は緩やかな下り坂になっていて、歩きやすそうだ。形もきれいなかまぼこ型だし、自然にできた洞窟というよりもトンネルっぽかった。
「どうする?全員で入っても大丈夫な広さはありそうだけど」
「入口に見張りを一組残そう。アリス、頼めるか?」
「いいわよ。私たちが三人、ここに残るわ。入口も薄暗いから、分かりやすいように明かりをともしておくわね」
「ああ、頼む。少し入って見てから一度戻ってくる」
入り口は大人が三人並んで通れるほど広かったが、すぐに狭くなり横に並んでは歩けなくなる。
右に左にと曲がっているので入り口は見えないが、まだそんなに奥に入ってはいない。そして分かれ道は無いまま、広い場所に出た。二、三十人は入れるかもしれない。その広間は天井も高くなっていて何か所かは穴が開き、外の明かりが差し込んでいた。
「この広間の先は、道が分かれてるな。入口を見失わないように印をつけておこう」
「ああ」
そばの壁に白い布を貼り付けて目印にして、さて、どの道を進むかと広場の中央まで歩いた時だった。
「何か来るぞっ!」
「おう」
天井の隙間から漏れる明かりや手元の薄暗い明りではなく、天井近くに蛍光灯のような強い光が生まれた。
「飛びウサギの迷宮へようこそ」
キイキイと耳障りな声で話しかけてきたのは、天井で光を発しているもの。少し目が慣れると、その姿が見えてきた。それはサッカーボールくらいの大きさの、目玉のような化け物だ。
「魔物かっ」
冒険者たちは冷静に武器を構え、一人がナイフを投げた。
「飛びウサギの迷宮へようこそ」
「飛びウサギの迷宮へようこそ」
ナイフをふわりと避けて、目玉が何度も同じ言葉を繰り返す。
「攻撃する様子はなさそうだな」
「油断はできんぞ。だが奥へ進もう」
広間の向こう側の壁に三つあるトンネルの入り口から、一番左を選んで進む。天井ではまだ目玉が断続的にセリフを繰り返している。
道はぐねぐねと曲がり、枝分かれしていたが行き止まりの道を一つ一つつぶしながら先へ進む。案外広い洞窟だ。
途中、落とし穴があったり天井からこぶし大の石が落ちてきたりと、やはり罠が仕掛けられていた。
冒険者たちは戸惑いもせずに罠を避けていく。そして道は徐々に上に向いて、ついに出口が見えてきた。
「罠があるかも。気をつけろよ」
「誰かいる!」
「やっと来たな、人間たち。待ちくたびれたぜ」
出口の外に仁王立ちで待っていたのは、毛皮のベストを着た熊耳の筋骨隆々な仮面の女。
「あんたたちがこの闘技場の初めての客だぜ。さあ、どうする? あたしと戦うか、それとも観客になるのかい?」
冒険者は七人、対してそこで待っていたのはたったの一人。とはいえ、簡単には踏み込めない強者の雰囲気を感じる。
冒険者たちは出口で立ち止まったまましばらくの間熊耳の女とにらみ合った。
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