第20話 第二の人生
コイルたちが趣味も盛り込みながらダンジョンの改変を楽しんでいる間に、ロゼからは何度か調査隊や攻略隊が送り込まれた。
飛びウサギ島ダンジョンは規模が小さいので、すぐに攻略されるだろう。ロゼの人たちはそう思っていたらしい。だが実際は、その都度追い返されてしまう。
一度は第二層まで行けたものの、第一層とは比べ物にならない地下迷宮に誘い込まれてしまい全滅。未だダンジョンマスターを見ることすら叶っていない。
ここにきて、ようやく領主が登場することになった。ダンジョン側の要求が、一貫して領主との話し合いだったためだ。
領主側からは領主と側近、そして三人の護衛が、ダンジョン側からはコイル、ソラ、カガリビ、龍王、マイの五人が席に着いた。もちろん仮面をつけて。
話し合いと言ってもダンジョンはもともと魔物たちのものだ。攻略ができないのなら魔物たちのルールを守るしかない。
コイルが会談の席を用意してまで領主に会おうとしたのは、ローズの秘薬の為だった。
「魔物にとってあの野菜は良くないものでした。気力を奪うだけでなく、もう少しでダンジョン自体を崩壊させるところだったんです」
「そんなつもりではなかったのだ」
領主から経緯が語られた。
元々ローズの秘薬は人用の精神安定剤として開発された。ところが効き目が強すぎて人間には使うことができなかった。ある時誰かが、それを魔物に与えれば大人しくなるのではないかと思いつく。
幾度か試してみた結果、強い魔物には全く効果がなかった。弱い魔物に対しては大人しくなるなどの効果が見られたが、それでは安全対策の意味がない。
いったんは使い道を諦められた秘薬。だがある時、小さな魔物を薬を使って飼いならしてみてはどうかという案が出た。その対象になったのが飛びウサギ島ダンジョンだったのだ。
「ここはは平和で、魔物たちは大人しくなった。しかもこのダンジョンでは、狩りは禁止されているから魔物も死なない。魔物にとっても悪くはない状態ではないのか?」
「魔物たちには魔物たちの、存在意義があるんです。人が、この『第二の人生』という世界で何かを成し遂げようとするのと同じように」
「魔物たちの存在意義……」
「僕たちはここで、人間と競いたい。戦い、罠にかけて、騙し合い、罵ったり、時には笑ったり、驚いたり」
コイルの言葉を聞いて領主は不思議そうに、ほうっと息を吐いた。
「まるで人間みたいだな」
「そうですね。だからここでは、出来るだけ命は賭けないつもりです。人もこのダンジョンの魔物も、僕には同じように感じられるので。危ない時は死ぬまえに退場してもらいます」
これはコイルの理想論だ。
結局のところ、互いにメリットがなければ上手くはいかない。
薬草の森ダンジョンは、ダンジョン側から薬草を提供できたのが役に立った。
この飛びウサギ島ダンジョンは、日常とは隔絶された空間と時間を提供できる。その価値は、ここをリゾートとして使っていたロゼの領主なら分かるはずだった。
「ここは安全だと言うが、お前たち魔物がいつその言葉を裏切るか、分からないだろう」
「それはお互い様ですよね。僕たちはここを守る対策をする。あなた方も何をすればいいか考えるといい」
聖域になった今も、薬草の森には攻略をしようとする冒険者たちが、何度も本気で襲ってくる。
完全な安全なんてないよ。だからこそ……。
◆◆◆
新しくなったダンジョンと、それを利用しようとするロゼの領主の関係は、まだまだ波乱に満ちているのかもしれない。
それは心配事でもあるけれど、楽しみでもある。マイは乱闘がお気に召したようだ。ソラだってもう少し鍛えて、いつかこのダンジョンのマスターに戻れるようにしたい。
きっと、訪れる人が絶えないダンジョンになるはずだ。
「あー疲れた。偉い人との話し合いは緊張するよね」
仮面を外したコイルが、両手を天に突き出して大きく伸びをする。
「岡山村の領主と話している時は、さほど疲れておらぬじゃろ」
「だってエドワード様は友達だもん。ところで、これからどうする? このダンジョンは当分の間、龍王とマイが仕切ってくれるって」
ただし、少し不安な組み合わせだ。秋瞑に、時々ここを見に来るよう頼んでおこう。
「マスターの好きにするがよかろう」
「うーん。元々モミジまで行くつもりだったんだもんね。モミジの秘薬ってのもちょっと気になるし。せっかくだから、リーファンとカガリビと三人で、旅の続きをしようかな」
「ひひーん」
「ああ、ごめんごめん。もちろんポックルも一緒だよ」
「うむ。楽しそうじゃな。では一度聖域まで戻って、リーファンを迎えに行こうかの」
カガリビは早くも服を旅装束に戻して、転移陣に向かって歩き始めた。
コイルの旅は、寄り道と思いがけない出来事に満ちている。それはまるで彼の人生そのもののようで……。
「マスター、マツとウラが一緒に行きたそうじゃが」
「あー、二人にはいつも裏方の仕事を頑張ってもらってるからなあ。誘おっか」
「ふふふ。きっとまた賑やかな旅になるのう」
「ひひん」
いつだって、その歩く先は多くの出会いに満ちている。
コイルはもう、ボッチではなかった。
――――――
「ボッチになった僕がうっかり寄り道してダンジョンに入った結果」
おまけのお話
~おしまい~
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