第2話 平凡な毎日
王都トウキョウからA級冒険者のボビーがやってきたのは、山を彩る白が雪ではなく桜に代わった4月の終わりのことだった。
岡山村からデルフ村にかけての街道は、国内でも屈指の、安全に通れる道になっていた。何故なら、ダンジョンで魔石がほぼ採れなくなったため、魔石狙いの冒険者たちに街道沿いの魔獣が狩り尽くされたからだ。あちらこちらから集まった冒険者を目当てに、商人たちもまたデルフ近辺に集まった。比較的安全になった街道は屋台で溢れ、まだきちんとした商店が少ないデルフの流通を助けていた。
農業ギルドで認可されてから、あっという間にデルフから岡山村までその存在が知れたオオヒロハイナは、食べると体調がよくなると言う評判で、野菜嫌いの冒険者たちにも徐々に受け入れられている。今朝も広い畑の四分の一ほどを占めるオオヒロハイナを、せっせと収穫して束ねているコイルとエリカの元へ、旅装束の冒険者たちが訪ねてきた。
「こんにちはー。こちらに魔王のエリカさんがいると聞いてきたんだけどー」
「……どちらさまで?」
「おお、ボビーではないか。久しいな」
エリカが顔をあげて冒険者たちを確認すると、知り合いだったようで、声を掛けた。
ボビーは畑仕事をしているエリカを見て目を瞠っていたが、ふとその目をエリカの腹に向けて頷いた。
「結婚したって聞いたけど、本当だったんだ……」
「ああ。リーファンと結婚したぞ」
「そうかー、残念。俺たち、そこのダンジョンを攻略しに来たんだけど、エリカさんがいるって聞いて、パーティーに入ってもらえるとラスボス攻略だって楽勝って思ったんだけどなあ」
「……そろそろ臨月だから無理だ」
「ですよねー。リーファンはダメだから、増援はあきらめるかー」
横で聞いていたコイルが、ふと口を挟んだ。
「あの、なんでリーファンは駄目なんですか?」
「そりゃあ、ほら、俺のパーティーってこれだろう?」
ボビーが後ろに立つメンバーを指して言った。ボビーの後ろに立つのは4人の女の子だ。それぞれタイプは違うが、皆スタイルが良くて可愛い。
「知らない男が入ると、野営とか嫌がるんだよ。その点エリカさんなら大丈夫だったんだけどなあ」
「ボビー、昔から全然変わらぬな。まあ、気をつけて行くがいい」
エリカとボビーは冒険者になりたての頃、一度組んだことがある。その後もしばらくは同じ地区で仕事をしていた、いわゆる昔馴染みだ。
当時から組んでいたのは必ず女の子だったが、その中の誰かと特別親しい仲だったのかなどはエリカは知らない。
じゃ、もう行くわと軽く手をあげて去ったボビー達に、コイルとエリカは顔を見合わせて苦笑する。
「攻略するって言ってたね。最近多いなあ」
「それだけ評判も広がっているのだ。だがあの龍王を突破できるものは、さすがに居ないだろう。心配するな」
「うん。大丈夫」
束にしたオオヒロハイナを荷馬車に乗せ、デルフ村にできた農業ギルドの出張所まで運んだ。デルフ村で本格的に農業をしているのはコイルとミノルだけなのだが、一気に増えた住民の食を賄うため、農業ギルドが岡山村から農産物を運んで出張販売所を作ったので、コイルの野菜やオオヒロハイナもそこで受け取ってくれる。おかげで納品がとても楽になった。
家に帰れば、エリカがお茶を入れてくれた。午前中はおかみさんも棟梁について仕事の手伝いに行っているので、家の中にはエリカしかいなかったが、ミノルとリーファンもお茶の匂いにつられたのか、程なく帰ってきた。
「そういえば、さっきアルティーリョのボビーが来たぞ」
アルティーリョはパーティー名だ。
「げ。あいつ、何しに来たの?」
「ああ、ダンジョンを攻略したいからパーティーに入ってくれないかという話だった」
「チッ」
珍しくリーファンが不機嫌になった。
悪気は多分ないんだけどさあ……とブツブツ文句を言っている。どうも、性格的に合わないらしい。いや、エリカに声を掛けたのが気に入らないだけかもしれない。
そんな話題はさておき、今日も朝早くからしっかり働いたコイルたち。お茶の後は昼まで休憩して、午後はいつものようにダンジョンに転移する予定だ。
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