第26話 コイルの長い夜

 夜の高原は7月でも寒いほどで、コイルは荷馬車から毛布を出して体に巻き付けた。

 ポックルはもう寝てしまった。

 ウォーターボトルからカップに水を入れ、魔法で温めてインスタントコーヒーを溶かす。

 コイルの長い夜は、まだ始まったばかりだ。



「およそ24時間で、すべての淀みが外部に転移します。その時点でダンジョンは維持できなくなり、空間は崩壊し、現在中にいる魔獣が外へすべて排出されます。

 ここはまだ魔獣の数は飽和していませんのでスタンピードの規模は小さいと思われますが、淀みが転移する場所は分かりません。例えば岡山村の街中に出現した場合は人々に大きな被害が出る可能性もあります。また、そこが次のダンジョンになる可能性もあります」


「ええっと、もしそうなった場合、僕はどうなるんでしょう?」


「マスターはダンジョンの管理者ですので、ダンジョンが崩壊した場合はその任は解かれますが、一般的には他の魔物とともに暴走することが多いです」


「ぼくは……魔物になっちゃったんでしょうか?」


「いえ。マスター・コイルは人族のままダンジョンマスターになりました。

 過去にも1例だけですが、人族がダンジョンマスターになった例が記録に残っています。そのダンジョンは崩壊せずにマスターは冒険者に倒されましたので、崩壊した場合人族のマスターがどうなるのかの前例はありません」



「僕、このダンジョンに入ってきた人を殺さなくちゃならないんでしょうか?そんなの無理なんだけど……」


「殺さなければ殺されるだけだと思われます。このまま放置して崩壊しても死人は多く出ると思いますが、直接殺すよりも罪の意識は少なく済むかもしれませんね。ダンジョン内に強い魔物を多く配置して、途中で食い止めてもらうのも良いかもしれません。現在淀みが封鎖されていますので、淀みからどうやって何を生み出すかが問題ですが」


「それも……何かもっといい方法、誰も、僕も死なない方法はないんでしょうか?フェイスさんも一緒に考えて」



「……「フェイスさん」を私への呼びかけと認識しました。マスターと冒険者の両方が死なない可能性が高い方法を検索します」


 インターフェイスの声が途切れた。どこから聞こえるのかと見まわしてみたが、どうやら直接頭に響いていたようだ。

 コイルも自分の生死が関わる問題を任せっぱなしにするわけにもいかず、頭をひねってみるが、現在の状況自体の理解が追い付かず、なかなか考えがまとまらない。


 冒険者をダンジョンに呼ばなければならない。

 淀みから魔物を呼び出さなければならない。

 コイルがいると魔物を呼ぶことが難しい。

 冒険者は戦って魔物の数を減らさなければならない。

 冒険者が勝ち進むと、最後はコイルが戦わなければならない。


 コイルは死にたくない、もっと生きたいから。

 コイルは人を殺したくない、人の側に立っていたいから。

 コイルは魔物に人を殺させたくない、自分の命令で死んだ人を見るのが怖いから。

 魔物は人を殺したい、本能的に。

 人は魔物を殺したい、魔石を得るために。



 どうすればいいんだろう。



「冒険者の死亡が少ないと思われる方法を2件発見しました」


「ひっ」


 考え込む頭の中に突然声が響いて、コイルは跳び上がってしまった。


「はあ。びっくりした。フェイスさんか。ありがとう。教えてください」


「はい。ひとつ目は転送です。体力が1割をきった冒険者を強制的に入口に転送するシステムを設置する方法です。現在この世界では、56のダンジョンでこの方式が採用されています。

 この方法のメリットは、冒険者が殆ど死亡しないこと、強制送還されたパーティーの人数が減り、攻略が困難になる事です。デメリットは生き残りが多く情報を集めやすいので後日攻略されやすくなること、強制転送にエネルギーを多く使うのでこのダンジョンの維持用のエネルギーが不足する可能性がある事です」


「ダンジョンの維持用のエネルギーって?」


「ダンジョンを異空間として維持するために淀みからエネルギーが供給されています。また、ダンジョンに入る人たちから、分かりにくい程度に体力と魔力を吸収し、維持用に使っています」


「維持用のエネルギーが足りなくなると……」


「ダンジョンの空間を維持できなくなりますので、崩壊します。淀みはその場に残りますが、淀みが外部に転移した場合と同様の結果になると思われます」


「崩壊しやすいんだね、ダンジョンって」


「この世界では年間10~50ほどのダンジョンが崩壊しています。規模が小さい場合スタンピードが起こらない場合もあります」


「ダンジョンに入ってくる人から多めに吸収して、転移のエネルギーに回すことはできないのかな」


「可能です。ただし、入場時に体力と魔力の減少割合が2割を超えると人々に危険ダンジョンと認識され、入場者数が減る可能性があります。

 このダンジョンは規模が大きいので、維持には一日平均50人以上の入場者から体力と魔力の5%を吸収することが必要です。

 特に危険なダンジョンの場合、スタンピードを防ぐため、国主導の攻略チームが組織される場合もあります。


 現在は年間で100人弱、冒険者の死亡もしくは瀕死の重傷があります。体力が10%切った時点で外部に転送する場合、年間300人程度の転送者が出る見込みです。

 この場合、入場時に10%の吸収で、現在の入場者数のままエネルギーが賄える計算です。

 入場者が増えると、ダンジョン攻略の危険が増すため、マスターの安全対策も考慮してください」


「考えること、多すぎ」

 ぐったりしながらポリポリ携帯食を食べる、マイペースなコイルだ。

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