第2話 退職と生垣作り
ミノルは退職に伴い任務の引継ぎといくつかの書類の手続きで数日、岡山村の宿舎で過ごすことになった。
辞めることを聞いた同僚は驚いたり引き止めたりしたが、そのまま傭兵として領内に留まることを聞くとあっさり退いた。
「じゃ、いいわ。お前なら仕事じゃなくても何かあったら首突っ込んでくるだろ。っていうか、傭兵じゃなくて冒険者にはならないのか?攻略にこっそり付いてった第10部隊の奴が連絡入れてきたけど、ダンジョンのほうがすげー、面白くなってるってよ。第4層が超難いバトルフィールドなんだと。冒険者ギルドにも報告が行ってて、今、ギルドにゃ腕自慢が続々と集まってるらしいぜ」
第10部隊は隠密系の任務に就いていて、第9部隊と組むことが多い。
「冒険者か。それもいいかもな。だが今は傭兵としてやりたい事があるんだ」
「そっ。ま、それもいいだろ。あー、俺もダンジョン行きてーな。休みの日にルーと一緒に行くかな?お前も行く?傭兵ったって休みはあるだろ。こっちにも顔出せよな。
で、任務の引き継ぎってっても、今は何だっけ?護衛が一件だけだよな?それもエドワード様に直接報告して終わりのやつだ。他、何か残しときたい情報あるのか?面白い情報あったら俺に教えといてくれよ」
「ないな。後は部屋を片付けるくらいだ」
「団長が嘆くな。仕事が出来て静かなのはお前くらいだって、言ってたから。俺とか最近じゃあ団長室に入るときにマスク渡されるんだぜ、赤いバツが付いたマスク!報告に行くのに喋るなって、どうすりゃいいんだと思う?お前そんな無口で、報告どうしてんの?ぺらい紙に纏めてるの?そんなの団長読んでるのかね?俺の報告書とか、この前目の前で丸めて捨てられたぜ」
「そんなに喋ってるのに、報告書がなぜ1行って言ってたぞ」
「まじか。けど、書くより言うほうが早くねえ?報告書って難いよな。報告書、自動で仕上げてくれる魔道具ないかな?無いよな。秘書雇いたいなあ。無理か。ああ、そういえばルーが今度、合コンしようって。冒険者の可愛い子と知り合ったらしいぜ。あ、そうだ、冒険者なら、ダンジョンデートとかアリかな?ウケると思う?いいとこ見せて……」
「じゃあな。今から部屋を片付ける」
「あ、そう?おう!またなー。遊びに行くから、住むところ決まったら教えろよ」
「ああ」
……ミノルは元々無口なわけではない。ただ、個人情報の保護で口にできないことが多いので、セリフの途中で口ごもっているうちに、周りのみんなの話が進んでしまうだけだ。
とはいえ、そんなミノルを気にすることもなく勝手に盛り上がる同僚はなかなか貴重で、離れがたくもある。
荷物をまとめながら、ここで過ごした10年余りの月日を、静かに振り返るミノルだった。
一方、コイルは、ダンジョンの淀みから受け取る魔力全開で、掘って、メルの木を植え、水をかける作業を繰り返していた。
前回は棒で地面に線を引いて、だいたい1メル間隔で植えていたが、ミノルに習った方法で、簡易結界の杭に、折り曲げて等間隔に印をつけた紐を結び付け、そのしるしを目印に植えていけば、前よりきれいに植えることができた。
「ポックル、このメルの木の葉は食べたらだめだからね」
「ひひん、ぶるるん」
コイルの言うことが分かるのかは知らないが、相変わらず良い子の返事を返すポックル。メルの木の間をすり抜けて敷地を出たり入ったりしながら、時々薮をつついて草を食んだり、畑にする予定の、草を刈ったところに鼻を突っ込んで土を掘り返しては何かもぐもぐ口を動かしている。
デルフの森に泊まるようになって、食事がいいのか空気がいいのか、それとも背もたれに使うからと、コイルとミノルが毎日ブラッシングをしたからか、ポックルの毛皮はつやつやだ。
ちなみにルフは特にブラッシングするわけでもないのに、いつもフワフワな真っ白い毛皮である。魔獣の特性なのだろうか。
半日かけてようやく泉周辺のコイルの土地をメルの木で囲んだ。数を数えたわけではないので、足りるかどうか心配したが、何十本かのメルの木の苗が余った。
メルの木は今はまだひょろっと細長く70センチ弱の高さしかない雑草のような木だが、夏の間にどんどん成長して、秋には横に枝を伸ばすほどになる。
「んーーーー、終わったあ!」
伸びをして腰を叩きながら、自分の土地をぐるりと見渡す。
まだ細いメルの木が、風にそよそよ揺れている。
「……あ、あれ?」
コイルは気が付いた。
ぐるりと自分の土地を囲むメルの木。
「……出入り口、作ってない……」
ミノルさん、
早く帰ってきてあげてー!
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