第5話 脳筋という種族

 ガンッ!


 マイの巨体から繰り出される剣を、ダンクが受け止める。


「お前、熊にならなくていいのかよ、剣とか使いやがって」


「俺様ぐらいになるとっ、はっ、人化のほうが動けるんだよ!てめー、弱ぇえの?手加減いるのかよ?なんなら鬼熊モードで、は、お相手しましょうかってんだ」


 ギンッ、ガゴッ!


 マイの力任せに振るう剣を受け止めるたびに、鈍い音が響く。

 マイの剣は昨日の攻略隊の一人が落とした剣だ。何度も打ち合って刃こぼれしたソレは、すでに切れ味などなく、鈍器と化している。ダンクの持つ剣も似たようなものだ。




 鬼熊の強さは1頭をC級の冒険者が数人以上で囲んでようやく倒せるほどだ。その巨体と魔力による身体強化で怪力の特性があるので、相当に鍛えたB級の冒険者でも1対1では力で相手をするのは無理だろう。普通ならこういう力任せの魔物には剣の打ち合いではなく魔法を絡めて戦う。


 この世界で人が使える魔法は、生活をちょっと便利にする程度の小さなものが殆どだが、長年研究されてきた魔道具には、魔物に対峙できる威力を持つ武器もある。もちろん威力に応じて価格も維持費も高額になるので、鬼熊に充分なダメージを与えられるものは稼ぎの大きい上級冒険者しか持っていない。

 魔道具を使った魔法だけで鬼熊に対処できるかと言えば、それも難しい。一発で沈められる威力のある武器を持ち出せれば良いが、鬼熊は普通の熊よりも急所の首回りや胸から胴にかけての毛皮が厚く攻撃が通りにくくなっているので、魔法でけん制しながら武器で足を砕いて動きを止める、チームによる狩りが常識だ。


 そんな鬼熊に一人で突っ込んだダンクが、対等にマイと打ち合えているのは、一つはマイが人化して、ダンクと戦いやすいサイズになっていること、剣の扱いが力任せでさほど上手くないことと、ダンクのギフトがたまたま「気が優しくて力持ち」だったことだ。


 周りはありえない戦いに、あっけにとられて見物している。

 二人は難しい技を出したり意表を突いた攻撃をするでもなく、素直に打ち合っている。

 一度打ち合うたびにガンガン剣が削れてボロボロになっているのに、下手糞な普通の練習試合みたいに見えるのも、周囲の緊張感を削ぐ一因だ。

 魔物たちもまた、見物している冒険者たちを襲う訳でもなく一緒に見ているのは、昨日の攻略隊との戦いでそれなりに満足しているからだ。


 ガキンッ!

 ひときわ大きな音がして、ついにダンクの剣が折れた。と、観客が息をのむ間もなく折れた剣を捨ててダンクがマイの懐に頭から飛び込んだ。


「うおおおおおおっ」

「ぐっ、はあっ!」


 ドスンと地面を揺らして、二人が倒れ込む。

 側にいたアイは、サッと身を引き少し離れた。

 冒険者たちが止めることも助けに出ることも出来ずに見つめている前で、ダンクとマイがつかみ合いながらゴロゴロと転がっている。


「離せよっ、糞が」

「ぐふっ」


 マイの蹴りが決まって、ダンクの体が離れた。マイは持っていた剣をアイに投げ渡すと、今度は自分からダンクに向かって行く。

「はっ!」

「うぐっ、たあっ」

 殴って飛ばし、蹴って飛ばされ、バキバキと傍の草や低木をなぎ倒してつかみ合う二人の力は、ちょうど拮抗しているようだった。

 冒険者たちは少し距離を取って、声を掛け始めた。

「ダンク、行け!」

「そこだ、あ、だめだ」

「ダンク、ダンク」

「いいぞー、やれー」

「あ、ばか」


 一方魔物側も騒ぎを聞きつけた矢羽達が笑い袋を連れて応援にやってきた。

「きゃはは、マイちん、やるじゃん」

 お祭り好きの天花が連れてきたようだ。

「ピーーピーー」

「イヒヒヒヒ」

「アハハハハ」



 周囲が第2層のステージ周りと同じような様相になってきたころ、マイの腕がダンクの襟首を捕まえて引き寄せた。

「なかなかやるじゃねえか。これで最後だ、もっと強くなって、また来やがれ」


 ゴッ!


 マイの頭突きがダンクの額に当たり、鈍い音を立てた。

 ダンクの額が切れて血が噴き出すと同時に、スッと音もなくそこから消えた。

 同じく額から血を流し顔を腫らしているマイも、うっすら笑って消えた。


「……」

 声もない冒険者たちに、アイが静かに語りかけた。


「面白いものを見せてもらった。マイに付き合う馬鹿な人間がいるとはな。さて、お前たちはこれからどうする?ここでは第2層のように勝ったからと言って薬草を渡すことはない。死んで魔石を渡す気もない。戦い損だろう。帰ったほうが良いのではないか?」


「……ダンクは」


「入り口に転送しておいた。このダンジョンは死を望まない。ただ我々が、お前たち人間を叩きのめす、そのための場所だ」

「そして嗤ってやるのでーす。きゃはははは」


「くっ、なんて意味のない……」

「せっかくここまで来たのに」

「そもそも、さっきは何であのマイって女、剣を捨てたんだ?」


「さあな。楽しくなったんだろう?私たちはもともと人から生まれた怨念だ。本質は人間とさほど変わらない。恨み、戦い、笑い、死ぬ。さあ、私の相手は誰だ?」




 ここで冒険者たちが引くか、全員でアイに飛びかかったなら、そのまま第4層は今まで通り時折命知らずが上ってくるだけの静かな層になったのかもしれない。

 だが、ここにはダンクの仲間達がいた。脳筋でお気楽で、ガンガン当たっていくだけの正面突破でパーティーランクAまでに成り上がった「ガライの剣」のメンバーたちが。



「よっしゃー、次は俺だ!」


 ……馬鹿がいた……もう一人。

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