3-43 最後の晩餐を楽しもう!

 

 そして遂に〝最後の一日〟がやってきた。


 空にはが浮かんで。

 過去の輝夜あたしが残した指輪の魔法が解けて。

 地球へ繋がる出入口ゲートが塞がって。


 エヴァのあるこの場所は〝ただの月の上〟に戻るのだ。


 そして――今まで一緒に暮らしてきた王子様たちも、こことは違う近いようで遥かに遠い地球セカイへと帰ってしまう。


「……今夜の12時、ね」


 ぽつりと独り言ちていたら、背後からその王子たちの声が聞こえてきた。


「ねえカグヤ~! ご飯まだ~?」「ククク、余の腹は限界に近い……!」「オレ様の筋肉がプロテインを欲してやがるぜ」

 

 場所は8階、いつもの大広間LDK

 

 みんなの希望通り。

 そしてあたしの希望どおり。


 〝最後の一日〟はなるべくに過ごすことにした。

 

 いつも通りにはしゃいで。いつも通りにだべって。いつも通りに笑って。

 いつも通りに喧嘩して。いつも通りに仲裁して。いつも通りにいつの間にか仲直りしていて。


 そしていつも通りに――ご飯を食べるのだ。

 

 外は夕暮れ前。お日様が地平線よりすこし上で最後の一仕事をしようと意気込んでいるようだった。

 あたしはそれを見習って、すこしはやめの晩御飯の準備を懸命に進めていた。

 

「カグヤさん、これは盛り付け済んでるべか?」「できたやつから、はこぶ――」


 イズリーとアルヴェは料理を運ぶのを手伝ってくれている。

 他の王子連中は食卓に座ったまま飢えた獣のように目を血走らせお腹を鳴らしている。

 うん、いつもと変わらない食卓の光景ね。


「みんな、お待たせっ!」


 こうして最後の料理が完成した。

 なるべくふだんどおりに、とのテーマだったけれど。


「食事に関しては別よ! 腕によりをかけて、い~~~~っぱい作ったんだからね! 好きなだけ食べてちょうだい!」


「「いやったーーーーーーーー!」」


 まさしく無邪気な子どものように全員が目をきらめかせた。

 宙に挙げていた両手を胸の前に当てて、いるもの挨拶に備える。

 記憶を失くしたあたしが自然にやっていた――天の恵みに感謝する、あたしが前いた世界の食事前の挨拶だ。


「「いっただきまーーーーす!!!!」」


 それを合図に彼らは一斉に目の前のご飯にかぶりつく。

 これもどうしようもなくいつもの光景だ。

 

「そういえば天の恵みへの感謝とは言ったけど……この場合、セレネー……というか【ゴンタロ】の恵みなのよね」


 本当はセレネーという名前の方が正しいのかもしれないけれど。

 あたしは愛着があるし、なんてったて自分でつけた呼び名なのでこれからも水晶玉のことはゴンタロと呼ぶことにしたのだった。


 しかし王子たちは食材が〝どこ産〟であるかなんてちっとも気にせずに食を進めている。

 

「う~ん、やっぱりカグヤの作るご飯は最高だ~」とマロン。

「我が身に宿る邪龍も満足しておるわ……!」とオルトモルト。

「ここまで筋肉に効く飯なんざ、カグヤにしかつくれねーな」とアーキス。

「おい、しい――」とアルヴェ。

「んだ~! ほっぺた落ちそうだべ~!」とイズリー。


 みんなが幸せそうにご飯を食べているのを見ると、あたしも口元がにやけてしまう。

 そんないつもの食卓を囲む〝いつもの光景〟というからには、


「ふむ。文句なしに旨いな。我が宮廷料理人ですら出せぬ味だ」

「うん! カグヤの作るご飯が人生で食べてきた中で一番おいしいね」


 ミカルドとクラノス。

 最近食卓に姿を見せないでいたふたりの姿も、今日という〝最後の晩餐〟には姿を現したのだった。

 

「なんだか、こうしてみんな全員が揃っての晩御飯は久しぶりね」

 

「む? そうだったか?」ミカルドがご飯つぶを頬につけながら言った。


「たしかにそうかも~」マロンがご飯つぶを頬につけながら頷いた。


「んだべか?」「言われてみてば」「たし、かに――」

「選ばれし円卓の同志の結集であるな……!」「ふんッ! ふんッ!」


 なんだかひとりだけ食事中に筋トレしてるやついたけど……それのことは無視無視。

 そして当然のことながら、他の王子たちも全員ご飯つぶを頬につけていた。

 なんで!? 急いで食べたからって全員が同じ位置にご飯つぶ付けることなんてある!? どんなシンクロよ!

 

「あーもー! あんたたちは! でっかい子どもなんだから! ……あ」

 

 しいん。

 あたしの〝最後〟という言葉に。

 だれもが意識して出さなかったその言葉に。


「「………………」」


 みんなの動きがぴたりと止まった。

 昨日までは〝もう最後だしね~〟とか〝もうすぐお別れか~〟とか〝寂しくなるね~〟とか。

 ちゃんと言いながら笑いあうことができていたのに。


 実際にその〝最後〟が近づいてきたら、みんなわざとその話題には触れないようにしていた。


 だって。


 口にしちゃったら、やっぱりどうしたって寂しいから。

 

 だけど。

 

「あはは……ごめん。あたしがそういうのはやめようって言ったのに。ふだん通りにしようって言ったのに。その自分が〝最後〟なんて言葉使っちゃったらダメだよね」


「んあ……謝ることはねえぜ」

「誰もが思ってることだしね~」

「んだんだ。むしろ、逆に言わなさすぎたのが不自然だったっぺ」


「みんな……」


 時間はこの間も進んでいる。


 今夜、この場所にかかった魔法が解ける前に。

 晩御飯を食べたらみんなは〝出発〟することになっている。

 

 あたしは塔の外には出られないから、玄関までしか見送ることはできないけれど。

 せっかくだから、ここら辺で一番高いこの塔の屋上にのぼって。

 遠くまで見渡せるその場所から、みんなの背中が見えなくなるまで見ていてやろう。

 そんなことを考えていた。


(うん。それでいいのよ)


 あたしは窓から空を見上げて自分に言い聞かせる。

 月に言い聞かせる。地球に言い聞かせる。


 そう、これでいいのだ。


 みんなは元の故郷に無事に戻れてハッピーエンド。

 残されたお姫様はひとり、みんなの幸せを祈り続ける。

 

 御伽噺にはよくある結末。

 悲劇のお姫様ヒロインは――あたしひとりで充分なのだ。


 なのに。


(どうして胸の奥が、こんなにもちくちく痛むんだろう)


 それからは仕切り直して、また〝いつも通り〟の食卓に戻った。

 もちろん、それはどうしたって〝いつも通り〟に振舞ってるだったかもしれないけれど。


 

 ――最後はみんなで笑ってサヨナラしたいのだ。

 

 

 その気持ちには変わらなかった。


 

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