3-16 覚悟を決めよう!(カグヤの記憶⑤)


 静かな夜だった。

 様々なと悶着がありながらも、ミカルドの権力で〝人払い〟を済ませた城の敷地内は、まるで大海原にぽつんと浮かぶ無人島のように孤独な気配に満ちていた。


 空を見上げれば、真っ黒のキャンバスのまんなかにまっ白な月が浮かんでいた。

 どうやら満月が近いらしい。


 その空を見て――記憶世界に迷い込んだあたしは違和感を覚える。


「……あら?」

 

 違和感は確信へと変わり、思わずあたしは目を見開くが――記憶世界の輝夜は特に驚きもしていないようだった。


 彼女にとってはふだん通りの星。ふだん通りの月。ふだん通りの夜。


 そんな何の変哲もない夜空を、石造りの塔の9階。

 あたしの部屋の窓辺で、輝夜は物思いにふけりながら眺めていた。


「ねえ、っ――!」


 思わず問いかけてみるけれど。

 もちろん姿の見えないあたしの声は、彼女に届くことはなかった。


 あたしは諦めたように首をふっていると……。

 

『――よしっ』


 空を眺めていた輝夜が、意を決したように立ち上がった。


 

      ☆ ☆ ☆

 


 翌日の夕方。 

 エヴァに似た石造りの塔の8階。

 大広間に王子たちは集められていた。(使い魔たちは外でをしている)

 

『みんながちゃんと言葉にしてくれたから……だから、あたしも、ちゃんと応えなくちゃって思うの』


 輝夜が言った。


『このままの関係でいたいけど、このままじゃダメだとも思うから』


 彼女は外をちらりと見て、ひとつ大きく息を吸ってから続ける。


『こんな時にって思うかもしれないけど、こんな時だからこそ。時間は進み始めてしまったから。もう時間は――残されていないかもしれないから。ちゃんとあたしの気持ちを、伝えさせてほしいの』


 王子様の告白に対して〝応える〟ということ。


 それはつまり、彼らの中から〝たったひとり〟を選ぶということに他ならなかった。

 

 複数の王子様から愛を囁かれたお姫様は、その中のひとりを選ばなければならない。

 

 その時、選んだ王子様は――どんな反応をするのだろう。

 選ばれなかった王子様は――どんな反応をするのだろう。

 

 輝夜が言うように、自らが命を狙われる〝こんな状況だからこそ〟――

 きちんと今、応えて、答えを出さなくてはいけない。

 

  

 輝夜はその覚悟を決めたのだった。



      ☆ ☆ ☆

 

 

 方法は至って単純シンプルだった。

 

 今夜、満月の夜の12時に。


 王子さまが待つそれぞれの〝場所〟のどこかに、あたしが出向くというものだ。


 もちろん、彼らひとりひとりによって〝約束の場所〟は違っていて。


 輝夜はそれぞれの王子様の耳元に、囁くように異なる待ち合わせ場所を伝えていったのだった。


 様々な待ち合わせ場所を伝えはしたけれど。 

 あたしが向かうのは、その中のたったひとつ。


 告白を受けることにした、

 想いを伝えることにした、

 愛することを誓うことにした、


 選んだたったひとりの〝彼〟が待つ場所に。


 輝夜は向かうことにした。

 

「つまりは――だれかと〝両想い〟になるってことよね……!」


 あたしは一足先に、部屋の前の廊下に出て独りちた。

 

 まさしくロマンスの集大成とも言える告白の結果待ちだ。

 過去の自分のことながら、胸が高鳴ってしまう。

 当然、王子たちのうち〝だれ〟を選んだかをあたしは知らない。


「まるで恋愛ドラマを見てるみたいだわ」


 自分のことなのに自分のことではないような。

 ある意味野次馬な視点であたしは結果を楽しみにしていた。

 楽しみ――というのは少し違うかもしれない。


 過去のこととはいえ、あたしはあの〝王子様ーズ〟の中からだれかひとりを選んで、そして――


 する関係に、きっとなるのだ。


 自分の命が追われていようと関係ない。むしろその状況がロマンスを掻き立てる。

 ドキドキどころか、なんだか胸の奥がもやもやするような、くしゃくしゃするような、複雑な感覚に陥った。


 幽体ながら頬を紅く染め、胸の前で何度も指を組み替えながらあたしは呟く。

 

「一体、だれを選ぶのかしら――」


 すると輝夜の部屋の前に、そのうちのひとりの王子様がやってきた。


「あら? クラノス?」


 水上王国が王子・クラノスだった。

 彼は輝夜の部屋の前を何度も行き来して、踏ん切りのつかないように首を捻っている。

 心なしか呼吸も乱れているようだった。


「ふうん。ふだんは冷静なクラノスにも、こんな風にしちゃうこともあるのね」


 なんだか弱みを握ったような、かつ微笑ましい気持ちになっていると、クラノスはポケットから小さな箱を取り出した。

 開けると中には、トップに紫紺色の宝石がはまったネックレスが入っていた。


「あら、プレゼントかしら」


 告白の答えの前に少しでも〝成功率〟を上げるためかしら。

 そういうしたたかなところはさすがクラノスらしいわね、と感心していると――


 クラノスは予想に反し、そのネックレスを自らの首に下げたのだった。


「自分用だったんかあああああい!」


 あたしは思わず聞こえない大声で突っ込んだ。(こうやって大声出すの久しぶりね……)


「まったくもう、てっきり輝夜あたしへの贈り物だと思ったじゃない」


 確かに自分を着飾って美しく見せることも必要だとは思うけれど。

 悔しいことに、クラノスの外見はそんなことをしなくても充分立派に整っているのだ。

 それが今更素敵なネックレスひとつで大きく跳ね上がることはないような気もした。


「ま、自分へのってこともあるかもしれないわね」


 クラノスはネックレスを握りしめて、目をつむって、深呼吸をひとつしたあと。

 意を決したように輝夜の部屋をノックした。


『はあい』


 中の輝夜が答える。

 そこに居たのがクラノスだったことで、どういう反応をするのか見届けてやろうかと思ったけれど……。

 ちょうどクラノスの背中が影になって、輝夜の表情は見ることはできなかった。


『――――――』

 

 用件はひとつだった。

 先ほど決めた〝待ち合わせ場所〟を【中庭のエデンの樹の前】から、【塔の屋上】に変更して欲しいとのことだった。


 なんだかもっともらしい理由を連ねていたけれど――その内心は分からない。

 少なくとも、クラノスの中で屋上の方が〝成功率が上がる〟と踏んだからかもしれない。


 ただ。

 彼がそんな王子様であることは記憶世界の輝夜も承知だったのだろうか。

 

 最初は少し驚いたような声を出したけれど、彼女もクラノスの提案を受け入れたのだった。


 

      ☆ ☆ ☆

 

 

 時は流れて。

 満月が天高くに浮かんだ。

 間もなく十二時てっぺんが近い。


 輝夜は念入りに身支度を整えて。

 念入りに鏡を見つめて。

 念入りに深呼吸をして。


『――いってきます』


 だれにともなくそんな挨拶をしてから。


 王子様のうち〝誰か〟が待つであろうひとつの場所に向かって。

 〝未来の王子様〟が待つであろうその場所に向かって。


  

 ――背の高いヒールで、自分の部屋を後にした。

 

 

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