3-17 ひとりを選ぼう!(カグヤの記憶⑥)
満月の浮かぶ夜。
記憶世界の輝夜は遂に――〝たったひとりの王子様〟を選ぶべく、部屋を後にした。
「一体、誰を選ぶのかしら――」
あたしは自分のことながら高鳴る心臓を手で押さえつけ彼女の跡を追った。
結果として。
輝夜が選んだ場所へは。王子様には。
思ってたよりもすぐにたどり着き、
彼女は部屋を出て、廊下を進んで。
そして階段を――〝上〟に向かってのぼっていった。
輝夜の部屋があるのは塔の9階。
その上にある階層はただひとつ。
――屋上だ。
(屋上って言ったら、待ってるのは――)
記憶世界の輝夜がそれぞれの王子に伝えた場所は、耳打ちで囁かれたのであたしにも分からなかったけれど。
それが【屋上】ならすぐにひとりの王子と繋がった。
ついさきほど輝夜の部屋を訪れた人物が、待ち合わせ場所を【中庭のエデンの樹の前】から【屋上】に変えたのだ。
その人――クラノスは。
屋上の中央で。
風に衣服をはためかせながら。堂々と。
立っていた。
「――っ!」
(あたしが選んだのは、クラノスだったのね――)
なんだか不思議な心地がした。
もちろん、あたしがエヴァでクラノスと暮らしていたのはせいぜい数か月のことだし。
記憶を失くす前のあたしが彼とどれだけの時間を/どんな風な時間を過ごしていたかは分からなかったけど。
『――カグヤ!』
両手を広げるクラノスに向かって。
仕草を。見ていると。
きっとその時間は、彼女にとってすごく尊いものであったことが見て取れた。
そして同時に、ちくり。
ふたりが熱く抱きしめ合う様子を少し離れたところで眺めながら。
あたしはなんだか、胸の奥の方に針が刺さったような心地がしていた。
しかもその人と両想いになれて。
こうして互いに顔を綻ばせて抱擁している。
(もちろん、嬉しいことなんだけど。喜ばしいことなんだけど)
何しろ自分のことだから、それは祝福しなければいけないことなんだけど。
――あたしはどうしてか、心の底からそうすることができないでいた。
「どうしよう。こんな気持ち、はじめて……」
あんなに憧れた〝王子様と結ばれる結末〟だったのに。
目の前で、他ならぬ過去の自分自身が見せつけるロマンスは、なんだかあたしの心をきゅうと強く締め付けた。
もやもや、ちくちく。
なんだか居ても立ってもいられずに。
あたしは、熱く抱き合うふたりを横目にして。
こっちの世界では塔から出られることをいいことに。空を飛べることをいいことに。
――屋上から、真っ白の月に目掛けて跳び出した。
がらん。がららん。
満月の夜の12時に。
塔の鐘の音がなにかを祝福するように響き渡った。
☆ ☆ ☆
それでも告白の結果は変わらない。
記憶世界の輝夜は、記憶世界のクラノスと
クラノスが輝夜によって選ばれたことが〝他の王子様たち〟にも伝わり、
彼らは悔しそうにしながらも〝祝福〟してくれて、
そして――
輝夜とクラノスは、ふたりだけで〝塔〟で暮らすことになった。
つまりは本当の意味での同棲生活だ。
しかし幸か不幸か(不幸に決まっているのだけど)、輝夜が塔の外に出る機会はほとんどなくなった。
なにしろ輝夜がミカルドが管轄する帝都に
同じ帝国の中でも輝夜を擁護する【ミカルド派】と魔女狩りを肯定する【それ以外】とで勢力は分断され、大陸どころかまさしく世界中を巻き込んだ戦争に発展していた。
今でも遠くの空では光や煙が絶えない。
『カグヤは気にしなくていい』
なんて言ってはくれるけれど……昼夜問わず止まないあの光が
それは『魔女だ』と神託で断定された自分自身のせいで行われているということを、輝夜はどうしようもなく理解していた。
『一体この先、どうなっちゃうの……』
けたたましい轟音。激しい明滅。空気の揺れと地面の振動。巨大な狼煙。
戦争の気配がもうほとんど近くにある。それがあたしと無関係ではない。
そのせいで、関係のない数多の人たちが傷ついている。
『お願い、もうやめて――』
輝夜の精神状態は日に日に参っているようだった。
それを見かねたのか、クラノスは輝夜を他の王子様も含め〝人と会わせないように〟取り計らっていた。
(いわく、本人とも相談して決めたことらしい)
最初は他の王子たちは不満そうであったが、輝夜の希望と聞いて納得をした。
以来、自室がある9階に輝夜は閉じこもるようになり、部屋の窓も木板で封鎖されて。
その場所に出入りするのは同棲相手で〝両想い〟であるクラノスただひとりだけになり。
必然的に、輝夜と会話をするのもクラノスを通してしかできなくなっていった。
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