3-15 あの子たちからも愛されよう!(カグヤの記憶④)


 あたしの記憶世界、匿われているミカルドの帝宮内の見慣れた塔の前で。

  

 王子たちからの輝夜あたしへの告白はまだ終わらない。

 

 告白する最後の王子様は――

 

『――――――』

 

 クラノスだった。


『――、――――、――』

 

 彼は品の良い人形のように整った顔立ちで口をぱくぱくと動かしている。

 

 変わらない。と同じだ。

 一言一句。仕草やその表情まで。


 だから――内容は

 

 だれにでも同じこと言ってるのね、なんて嫉妬めいてみたけれど……冷静に考えてみれば、そこにいるのも輝夜あたしだ。

 同一人物に対してなら仕方ないのかもしれないし、逆にそれがクラノスなりの〝いついかなる時も変わらぬ愛情〟とかいうやつなのかもしれない。

 そもそも自分自身に対してするのも変な話だし、そんな風にあたしがクラノスに嫉妬の感情を抱くこと自体なんだか悔しかった。


「夢じゃないかしら……本当にみんなから、告白されたのね」


 すこし遠巻きから様子を見守っていたあたしは呟く。

 

 夢じゃないか、と言ってはみたものの……そもそも、ここは記憶世界の中で、つまりは〝過去〟なのだ。

 〝夢〟なのか〝記憶〟なのか――唯一この世界で〝現在〟を生きるあたしにとっては、そのふたつを区別することはとても難しいことのように思えた。


「……って、あら?」

 

 腕を組み唸っていると、何やらじいっと見つめてくる視線に気が付いた。

 この場合あたしではなく、記憶世界のあたしに向けてなのだけど……。


 その視線の主はすぐに分かった。


 王子ーズの〝使い魔〟たちだ。


 彼らは、どことなくソワソワとした様子で、輝夜の前に一匹ずつ出てくると――


『がうが――がうがう』


 真剣めいた表情で、先頭の熊が紳士的な仕草とともにそう鳴いた。


『え? これって、もしかして――』


 輝夜がおそるおそる尋ねてみると、勘は的中したようだ。

 アーキスがどこか照れくさそうに、熊の代弁をしてくれる。

 

『んあ――シショーは、〝カグヤさん――愛していますよ〟と言っている』


「『あんたもなのーーーーーー!?』」


 思わず記憶世界のあたしと声が合わさった。

 あまりの驚愕であたふたしていると、他のアニマルズも続々と前に進み出る。

 

『ぶ、ぶひぃ』と恥ずかしそうにイノシシ。

『けぽっ』と照れくさそうにサンショウウオ。

『にゃうんっ』と頬を赤らめて白虎。

『ごおおおおおおおお』と雄叫びをあげるようにドラゴン。

『ぬるるるる』と遠慮がちにイカ。っていうかあんた喋れたんかい!


 嬉しさと困惑と驚きの最中、残った一匹――ならぬ一個の大きな桃を振り向く。 

 その桃は堂々と他の使い魔たちに交じって鎮座している。


「ま、まさか桃から告白なんてのはないわよね……だって、桃だもの」


 そんな当たり前のことを呟いていると――

 

『(カグヤさん、好きです――)』


「うわーーーー念話送ってきたーーーーーー!」


 見て見ぬふりはしてきたが、以前から巨大桃は不思議な挙動をすることが多かった。

 でもまさか意志を持っているだなんて。

 とはいえここは異世界。そういう桃がいても仕方ないわよね、うふふふふ、とあたしはそれ以上考えることを放棄した。


『………………』


 一通りの告白をし終えたアニマルズは、じいっと熱をもった視線と表情を輝夜に向けてくれている。

 たぶんだけど。なんとなく。直感的に。

 彼らの〝好き〟は愛してるの意味じゃなくて――〝LIKE〟の方な気がするけれど。

 

 それでも。

 嬉しかったことに変わりはない。


『みんな――』

 

 輝夜はそれぞれの打ち明けてくれた想いを、大切に、大切に。

 顔をくしゃくしゃにしながら受け止めた。


『えへへ……ありがとうっ』


 みんなをゆっくりと見渡してから、彼女はぺこんと頭を下げる。

 しかしそのまま頭を上げようとしない。

 よくみると肩がふるふると震えていた。

 けれど分かる。

 その震えはきっとネガティブなものではないのだ。

 

 ぽたり。

 輝夜の顔の下の地面に、大粒の涙が零れた。


『『カグヤ?』』


 心配そうにみんなが駆け寄ってくる。

 輝夜は彼らに支えられるようにして上半身を起こした。


『ごめん、なさいっ――ううん、悲しいんじゃないの。。こうやって言葉にして、伝えてくれたことが、とっても。……だから、』


 ――あたしもちゃんとこたえなきゃね。


 そんな風に呟く声は、遠くから近づく馬の駆ける音でかき消された。


『ミカルド殿ーーーーー!』

 

 見るといつかのミカルドの館の前で出会った【執事】のようだった。

 茶色い小型の馬に乗って焦った様子でこちらに向かってきている。


『む? どうした、そんなに慌てて』ミカルドが顔をしかめる。


『い、一大事にございますっ……!』執事は息を荒げて言う。『カグヤ様を我らが匿っていることが、外部に漏洩を……!』


『なに!?』ミカルドが叫んだ。『ふざけるな! この情報は一部の協力者しか知らぬはずだぞ!』


 輝夜がぴくりと身体を跳ねさせた。

 王子たちも不穏そうにざわめき始める。

  

「え、うそよね……? 見つかっちゃったってこと……?」


 あたしも思わず草陰から飛び出してしまった。

 声も心配からだろうか、自分でも震えているのが分かった。

 

『……人払いをしろ』ミカルドが唇を噛み締めながら言う。『我が領分の敷地内から、本当に信頼できる者以外の〝すべての人間〟を城壁の外に出すのだ!』


「し、しかし……! そんなことをすれば、余計にカグヤ様を〝この場所に隠している〟証左になってしまうかと!」執事が焦ったように言う。


『構わん! どうせ逃げても外はすべて敵――ならば城壁堅固で見知ったこの場所に籠城し、我が全霊をもってしてカグヤを守り切るまでだ』


 まさに数多の軍勢の指揮を執る長のような気迫でミカルドが言った。

 続いて他の王子たちを見やって問いかける。


『貴様ら、すまない……になった。悪いが争いは避けられぬらしい。その覚悟がある者だけが残れと釘を刺すつもりだったが――』


 目の前の王子たちは、ミカルドと同じ。

 だれもが覚悟を決めた表情を浮かべていた。


『その必要は、まったくなかったようだな』


 ミカルドは首をふって満足そうに片頬をあげた。


『例え世界と相対することとなとうとも――カグヤを守り切るぞ!』


『『おお!!』』


 王子たちが天に拳を上げて叫んだ。

 

『――カグヤ』


 互いの士気を高めあうような声の中。

 

 ミカルドは輝夜に向き直って、


『なにも心配しなくいい。カグヤは変わらず我らが〝姫〟として、堂々と過ごし――時折我らのことを、変わらぬ笑顔で元気づけてくれ』


 なんて。

 どこまでもキザっぽく――どこまでもみたいな表情で、そんな勅命を出してきた。


『――うん、もちろんっ』


 

 そして輝夜も、お姫様みたいに泣いて笑った。


 

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