1-26 想い出す、記憶。【追憶篇】


 こうしてあたしたちの【記憶世界の旅】はひとまず終わった。


 白昼夢にも似たそれが残したのは同居人たちの新しい真実と、微睡まどろみのようなささやかな謎。


 失われたあたしの記憶を取り戻すのに、大きく進展はなかったのかもしれないけれど。


 一歩くらいは。たぶん。

 進んだんじゃないかなって思ってるし。


 それはきっと。あたしにとって。

 ううん、にとって。


 ――大きな一歩だったんじゃないかなって。


 月明りに照らされるエヴァの屋上で。


 そんなことを思った。


 だけどまさか……ぶらぶらとあてもなく。

 これからも続いていくように思われた、あたしたちの塔での奇妙な共同生活が。




 ――あんな悲劇の結末を迎えるなんて。




     ☆ ☆ ☆




「〝この時のあたしは思ってもいなかったのだった〟――」


「だからクラノス! 勝手にあたしのモノローグに入り込むなって言ったでしょう!」


 舞台は変わらず、屋上。満月の夜。

 クラノスは物思いにふけっていたあたしの邪魔をしてきた。


「ごめんごめん、なんだかそんな〝物騒なこと〟を考えてるような気がしたからさ」彼は嘘くさい爽やかな微笑みを浮かべて続ける。「大丈夫だよ――ボクたちはきっと、


「なにを根拠に言ってるのよ……」


 クラノスに突っ込んでいると背後の扉から声が聞こえた。


「なんだ貴様ら、夜中に大きな声を出して。腹でも下したか」


「もしかして夜食の時間? おれだけ仲間外れにしないでよ~」


 扉の向こうの階段を上がってきたのはいつだって一言多い銀髪キザ王子のミカルドと、いつだって腹ペコのおバカ王子マロンだった。

 これで屋上に奇妙な共同生活の同居人――お騒がせ〝偽物王子ーズ〟が集結した。


「あ……そっか、そういえば」


 あたしはふと思い出して言う。


「あんたたちは偽物じゃなくって、本当に〝王子様〟だったのよね」


 イカに乗ってきた腹黒王子・クラノスは、世界有数の魔法使いを兼ねた〝海上王国の第三王子〟――


 イノシシに乗ってきたおバカ王子・マロンは、魔王の子息という大仰すぎる血筋の〝魔族の王子〟――


 ドラゴンに乗ってきた銀髪キザ王子のミカルドは、世界最大の大陸を統治する〝帝国の第一皇子〟――


 ――王子様に迎えにきてほしいと祈ってはいたけれど。


「まさか、あんたたちが本当の王子様だったなんて」


 目の前に並んだ3人を見比べながらあたしは思う。

 うーん。やっぱり何度考えてみたって。


「――納得いかないわね」


「カグヤ……なんか失礼なこと考えてない?」


 クラノスが目を細めながら言った。

 失礼だなんてそんなこと。ただ真実を羅列しただけだ。


 それに納得いかないのには理由がある。


 目の前の3人は、やっぱりその見た目だけは。


 ――王子様にどうしたってふさわしい美男子なのだった。


 はああああ、とふたたび長い溜息が口をついた。

 あ、溜息すると幸せが逃げちゃうんだっけ。


 とにかくも残念かつイケメンという3人を前に、あたしは独りちる。


「人は見かけによらない、じゃなくって――この場合は〝人は中身によらない〟ってことかしら」


「やったー、褒められたー」マロンが両手をあげて無邪気に喜んだ。


「マロン、騙されないで。ボクたちはけなされてるんだよ」クラノスがたしなめる。


「さっきから溜息ばかりついてどうしたのだ、カグヤ」


 だれのせいだと思ってんのよ、という言葉はぎりぎり飲み込もう……としたけど無理だった。


「だれのせいだと思ってんのよ」あたしはすっぱりと言ってやる。


『貴様か』『ボクじゃない、お前だ』『おれじゃないよ~!』


 そして始まるいつもと同じ罪のなすり付け合い。

 次の溜息は我慢して、あたしは聞いてやった。


「どうして言ってくれなかったの?」


「え?」


「どうして……ってこと、最初から話してくれなかったの?」


 3人は互いに目を合わせ、不思議そうな顔を浮かべている。


「だから言ったでしょ。――」


「そういうのじゃなくて!」


 あたしはスカートをきゅっと両手で握って。

 3人の王子たちへ視線を向けた。


「「…………っ」」


 その時あたしがどんな表情をしていたかは分からないけれど。

 目の前の彼らは少し目を泳がせたあと、今度は語ってくれた。


「恥ずかしかったからだ」最初はミカルド。「前にも言っただろう。ただそれだけだ、深い意味はない」


 言葉のとおりに、どこか恥ずかしそうに頬を掻いて言った。

 むしろ自慢できることなのに、とあたしは思ったけれど。

 もしかしたら〝大国の皇子〟と名乗ることで変に遠慮されるのが嫌だったのかな。

 それはあたしだけじゃなくて、他のふたりのことも考えてだったのかもしれない。


「別に」今度はクラノス。「……他のみんなが言わなかったから、そうしただけ」


 つん、と視線を斜めにずらしながら彼は言った。

 ということは最初から他のふたりが〝王子様〟ってこと、クラノスはなんとなく気づいていたのかな。

 何かにつけて他のふたりを蹴落とそうと良からぬ企みをしていた腹黒王子様だったけど。

 本当はもっと……〝芯〟に近いようなところでは、相手に正々堂々と挑む気概の持ち主なのかもしれない。


「あれ~?」最後に、マロン。「言ってなかったっけ~?」


 彼は首を傾げながら、ただただ無邪気にそう答えた。

 確かにマロンの場合は『本当に言い忘れてただけ』っていう可能性は充分にあるわね。

 彼はどこまでも純粋で、ちょっぴりおバカな王子様なのだ。

 それでも〝頭の角〟のことだけは秘密として隠し続けていたけれど。

 もしかしたら〝自分が魔王の息子〟と知られることを忌避したのかもしれない。

 ――本当にバカね。

 あたしが。ううん……が、それで何かを変えるわけなんてないのに。


「まったく――みんな、考えすぎよ」


 あたしは呆れたように言ってやる。

 3人はどこか気まずそうに――だけど微かな満足感をもった表情であたしと視線を交わす。


 少しの沈黙があって、夜風が吹いたあとに。

 クラノスがふと聞いてきた。


「それにしたって……カグヤはやけに〝王子〟って言葉にこだわってるけど、理由でもあるの?」

 

「えっと、それは――」


 今まで偽物にしか思えなかった(内面はやっぱり今でも疑ってるけど)王子たちは正直に打ち明けてくれた。

 だったら今度はあたしの番なのかもしれない。

 あたしがなにかにつけて〝王子様〟とうるさい理由――別にわざと隠したつもりはないけれど。


 ただちょっと……気恥ずかしかっただけで。

 みんなも色々隠してたから、あたしも言うのやめよっかなって思っただけで。

 あれ? そもそもあたし、みんなに話してなかったっけ?


「――あはっ」


 そこまで考えて思わず笑ってしまった。

 なんだ。自分も目の前の彼らと同じじゃない。


 くつくつと笑いを堪えながら、あたしは言ってやる。


「いいわよ、教えてあげる」


 ――あたしが王子様にこだわる理由。




 それははじめから、たったひとつに決まっている。



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