1-27 想い出す、記憶。【告白篇】

 

 小さい頃に読んだ絵本。

 

 『むかしむかし』ではじまって、『めでたしめでたし』で終わる素朴な物語。

 

 どこかで聞いたことがあるような、ありふれたストーリーの御伽噺おとぎばなし


 だけど、あたしにとっては――なによりも特別で。


 記憶を失くした今でも。


 ずっとずっと心に残り続けてる、あたしの一番のだ。

 



     ☆ ☆ ☆




 ――あたしが王子にこだわる理由。


 そんなのはひとつに決まっている。


「あたしはね、いつか――」


 意を決して。

 大きく深呼吸をして。


「この場所からあたしを連れ出してくれる――〝白馬の王子様〟を待っていたの」


 一番の想いを、彼らに告げた。


 塔の屋上にはささやかな夜の音が満ちている。

 あたしはその優しい夜に紛れないように、言葉に力を込めて続ける。


「小さな頃に読んだ御伽噺なんだけどね。出口の無い森の中で毎日泣いていた女の子のもとに、颯爽と現れて救ってくれた白馬の王子様のお話――それが今でもあたしの中に、とても強く残っているの」


 もしかしたら今の自分の状況と照らし合わせているだけなのかもしれない。

 理想の結末を期待しているだけかもしれない。現実はそんなに甘くないかもしれない。

 だけど……だけどね。例えそうだったとしても。


 ――あたしはいつだって、夢みるお姫様でいたいのだ。


「だから、えっとね、」


 伏し目がちに言葉を迷うあたしを、3人は特に急かすことなくじっくりと、その言葉の続きを待ってくれていた。

 月の光で床に伸びた3つの影は、何かを主張することもない優しさに満ちていて、なんだかあたしのことを安心させた。


「どうせ御伽噺だって。そんな都合の良いこと現実にはあるわけないって言われるかもしれないけど。でも……でも!」


 その勢いのまま。

 満月が輝く空の下で。


 堂々と、言ってやった。


「でもね――あんたたちが、来てくれたじゃない」


 たとえそれが思い描いていた〝理想の王子様〟と違ったとしても。

 ひとりぼっちだったあたしのもとに颯爽とやってきてくれた事実は変わらない。


 だからその時点で。

 

「――あたしはすっごく、救われたんだ」


 それだけじゃない。

 今回のことでみんなのことが、今までよりもちょっぴり深く知れて。

 それでちょっぴり――好きになった。


「……本当に、ちょっぴりだけどね」


 あたしは小さく呟いて。

 ふう、と溜息じゃない息を吐いて。

 幸せを逃がさないようにして――あたしは言ってやる。


「だからね。みんなは〝理想の王子様〟にはやっぱりどうしたって程遠いけど――あたしの中でくらいには、ちゃんとなってるかもね」


 冗談めかしてはみたけれど。どこまでも〝本音〟なあたしの囁きは。

 とした月明りの夜の中に、吸い込まれるように消えていった。


「はい! おしまい! ……なんだかこと喋っちゃった。忘れてちょうだい」


 あはは、とあくまで明るい調子であたしは言う。


「「「…………」」」


 3人はどう思っているだろうか? 返事はない。

 沈黙。深い間。だけどそれがとっても心地よい。


 なんだか初めて3人と同じ時間を共有できたような気がした。


「――っ!」


 それでも。

 月灯りに照らされるみんなの表情を見て、あたしの心臓はどきりと高鳴る。


「うぅ……やっぱり、ずるいわよ」


 あたしは小さく呟いた。

 目の前の彼らは黙ってさえいれば、その見た目だけは。


 ――どこまでも凛々しい理想の王子様なのだ。


 でも、でもね。


 本当は。


 その見た目と反比例する〝残念な中身〟のことも。


 あたしは別に――きらいじゃないよ?


 やっぱりそれは悔しいから、口にはしないけれど。


「――えへへ」


 あたしは誤魔化すように笑って、3人に向き直って。


「ミカルド、クラノス、マロン! ――これからもよろしくねっ」


 手を後ろに回しながらそう伝えた。


「当然だ。よろしく頼む」


 強気にミカルド。まったく、居候ってことを微塵も感じさせないわね。


「うん、よろしく」


 やけに爽やかにクラノス。本当はどんなことを考えているのかしら。


「(ご飯を)よろしくね~」


 よだれを垂らしながらマロン。括弧の中は読み取らないことにするわね。


「まったく、もう――相変わらずの王子様たちなんだから」


 さらり。屋上に夜風が吹き抜ける。

 あたしの黒髪が空になびいて、柵塀の上に置いてあったエデンの実が転がるように足元に落ちた。

 くるくると床で回転を続ける紅い果実は――やがてぴたりと、停止する。

 

「ふむ。これで我らの〝王子〟という身元が明かされたわけだが、疑問は残るな」

 

 月を見上げていたミカルドがあたしに向き直って、眉間に皺を寄せた。


「もし最初に出会った際に我らが〝王子〟であることを伝えていたら……カグヤの中でなにか変わっていたのか?」


 あたしは指を唇にあてて考えてみる。

 根本的なところではもちろん、変わらないとは思うけれど。

 それでもあたしだって、みんなと同じでな部分は持ち合わせているのだ。


「そうね。もし最初に会った時に〝本当の王子様〟なことを伝えられてたら――」


 あたしは口元の指先を滑らせるように頬にあてて。

 そのまま片方の口角を上げながら言ってやる。


「……もう少しだけ、なってたかもしれないわね」


 なーんて、とあたしは付け足してから地面を足先で何度か撫でた。


 すると目の前の王子たちは互いに目を見合わせて。

 意を決したような改まった表情で、あたしに近寄ってきた。


「な、なによ……」


 3人はあたしの前に来るとそのまま片膝を地面につく。

 浮かべる真剣めいた表情に、あたしの心はやっぱりドキリと高鳴った。


 ――なによ。もしかして……愛の告白、とか?


 今宵は満点の星空と月明り。

 ロケーションに不足はない。


 あたしは胸の前に手をあてる。

 心臓が早鐘を打っているのがどうしようもなく伝わってくる。


「まって、あたし……心の準備がっ」


 全身に力を入れてするあたしに向かって。

 彼らはすっと手を伸ばした。


「カグヤ……今まで黙っていて、すまない」とミカルド。

「本当は一目見た時から〝言わなきゃいけない〟って思ってたんだ~」とマロン。

「カグヤにだけは正直に――伝えようと思う」とクラノス。


 彼らは目をつぶってから、すう、と息を吸って。

 目をきりりと見開いて。その瞳に覚悟めいた光を灯しながら――


「我が」「おれが」「ボクが」


 言葉に力を込めて。想いを込めて。


「つまりは我らこそが――」


 堂々と、言い放った。




「「「――王子様プリンスだ!!!」」」




「…………え?」


 思わずあたしは固まった。


 ――あんたたちが、プリンス?


 確かにそれはには違いなかったけれど。

 っていうか、それもう知ってるし。

 え? 今までの話聞いてなかったの?


「あ。もしかして……かしら」


 そこで彼らの〝王子様発言〟の真意が見抜けたような気がして。

 あたしは『はあああああ』と今度はしっかり溜息を吐いた。

 そして。


 ――もう少しだけ、優しくなってたかも。


 そんなあたしの発言を聞いて〝今からでも優しくしてもらおう〟という魂胆が見え隠れしている目の前の王子たちのことを――あたしは一瞬屋上に取り残すことにした。


「……少し、時間をちょうだい」


 ゆっくりとした足取りであたしはいつもの大広間LDKへの階段を下りる。

 そして部屋の隅っこに置いてあった〝忘れ物〟を手にしてから、ふたたび屋上へと戻ってきた。


「カグヤ、王子の我を置いてどうした」

「もしかしてトイレ? 王子のボクを前にして緊張しちゃった?」

「王子のおれにご飯作ってきてくれたの!?」


 などと。

 やけに〝王子〟を強調してくる、やっぱりどこまでも残念な王子たちに。


 あたしはにっこり、笑顔を向けて。


 8階から持ってきた【メモリー君】を振りかぶってから、叫んだ。


おそいわよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」


 容赦なく振り回されたメモリー君によって――


 3人の王子様は今宵も。




 ――空の彼方で輝く〝お星様〟になった。




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これにて、第一章『囲まれるお姫様プリンセス』篇が終了です。

色々ありましたが、以前よりちょっぴり深い関係になった3人の王子様とお姫様。

これからの生活にどんな変化が訪れるのでしょうか――


次回より閑話を挟んで、

第二章『増殖する王子様プリンス』篇が始まります。


ここまでお読みいただき本当にありがとうございます!

引き続き本作をよろしくお願いします。


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