幕間劇:ひとっぷろ浴びよう!


 王子様との同棲生活にも、随分と慣れてきた。


 やっぱり喧嘩やトラブルは毎日絶えないしストレスを感じることも多いけれど(最近は子どもの世話だと思い割り切っている)――どうにか頑張って日々を生きている。


 そんなあたしにも。

 実は――みんなには内緒にしている〝塔に関する秘密〟があるのだった。


「秘密の場所――オアシスとでも言い換えればいいかしら」


 今日こそ、あたしは。




 ――そんな〝塔の中の秘密のオアシス〟を堪能しようと、企んでいる。




     ☆ ☆ ☆




「ねえ、あんたたち」


 エヴァ。8階、大広間。

 あたしは食卓を囲んでいた残念王子ーズに切り出した。


「今夜なんだけど、9階――あたしのフロアには、近寄らないでくれるかしら」


 塔の9階にはあたしの部屋をはじめとした生活空間がある。

 ふだんからもちろん勝手に入らないようには言いつけてあるのだけど、例えば屋上に向かう時にはどうしたって9階を通り抜けなきゃいけないし、何かあたしに用があるときには部屋をノックしてきたりもする。


 今夜に限っては、そういうのも全部お断り願いたかった。


「む……どうかしたのか」


 とミカルド。ほっぺにご飯の食べかすがついている。


「ええっと……ちょっと、ひとりになりたい気分なのよ」


「え~? じゃあ屋上にも行けないってこと? おれ、夜中に屋上で食べる夜食が日課だったのに~」


 とマロン。ほっぺには食べかすがついている。


「うん、今夜は我慢してくれるかしら」


 このあとおかわりしてもいいから、と付け足すとマロンは『やりい~分かった!』と素直に納得した。

 こういう時にチョロいのは便利ね。


「どうかしたの? 何かボクにできることがあれば力になるけど」


 とクラノス。ほっぺには食べかすがついてる。

 って! さっきからこいつら食べかすつけすぎでしょ!

 どんだけがっついて食にのぞんでるのよ! 子どもか!


「はっ……いけないいけない、子どもだったわね」


 はっと気づいて自ら言い聞かせる。

 こいつらはでっかい子供、でっかい子供――よし、落ち着いた。


「気持ちはありがたいけど大丈夫よ。自分ひとりでなんとかなるわ」


 むしろ、んだけどね。


「今、晩御飯を食べていないのも関係あるの~……?」


 マロンが心配そうに聞いてきた。

 あたしの前のテーブルには飲み物が置いてあるだけだ。


「あ、う、うん! そうなの……!」


「だがな、突然のことで我らも心配になるぞ……」


 意外と粘ってくるわね。うーん、ひとまずは体調不良でも装っておこうかしら。

 今日ばっかりは申し訳ないけれど……いわゆる仮病ってやつだ。


「えっと……ちょっとね、その……お腹の奥の方が、きゅうって……痛むのよね」


「む? か?」


「おおおい情緒のかけらもねえな!」


 色々ぼかしてみたが、まさかの結石を疑われた。


「……しかしそれなら仕方があるまい」ミカルドが心配そうに言った。


「うん……」「分かった。今夜は9階に近寄らないようにする」とふたりも続く。


 意外にも、そこであたしの言い分はすんなり聞き入れられた。


「そう、ありがと――って! あたしは別に結石じゃないからね!」


「そう否定せずとも大丈夫だ。あれは痛いからな」

「辛いよね~……」

「はやく言ってくれたらよかったのに」


「完全に結石患者を気遣うモードじゃない!?」


「そんなに叫ぶな。管の中の石に響くだろう?」ミカルドがあくまで心配そうに言う。


「だから違うって! ……っていうか、やけにあんたら患者目線だけど結石経験者なの!?」


 その年で!? と突っ込んでみたけれど、確かにふだんの暴飲暴食っぷりを見ていると体内に石のひとつやふたつできてもおかしくないのかもしれない。


「あとのことは気にするな」ふたたび慈愛に満ちた視線でミカルド。「今日くらいゆっくり休むといい」




 こうしてあたしは、若くして張られた結石患者のレッテルと引き換えに、安らかな夜を手に入れた。




 ――なんだか失ったものが大きい気がする!




     ☆ ☆ ☆




「うふふふふふ……不名誉な烙印(若年性結石系女子)は手に入れてしまったけれど、これで今夜は〝自由〟ね」


 8階からも人がいなくなったことを念のため確認して、あたしは9階に戻った。

 意外にも、あのあと皿洗いやら料理の片づけは王子たちがやってくれたのだった。

 あいつらにも優しいところあるじゃない。


「仮病を使ったのがちょっとだけ申し訳なく感じるけど……今日くらいは、いいわよね」


 そう。今日は待ちに待った特別な日なのだ。

 あたしは満を持して、9階の奥にある〝秘密の部屋〟の扉を開放した。




「――さあ! お楽しみの時間よ!」




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【塔の上のカグヤ様☆】


幕間劇

     『ひとっぷろ浴びよう!』の巻

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「はぁ~、生き返るわ~」


 あたしは湯舟に浸かりながら放心の声を出す。


 みんなには内緒にしている〝秘密のオアシス〟――

 それは、この『浴場スペース』だった。


「湯加減もちょうどだし、外も静かだし……本当に癒しの時間ね」


 ちなみにエヴァにはここ以外にも3つの浴場がある。

 2階と5階、そして共用部の8階。

 ふだんは王子たちは5階、あたしは8階を使っている。

(ちなみにその割り振りをした際も『なぜ我らがわざわざ階段を降りねばならんのだ』とぶーぶー言っていたが、の末に物理で理解わからせた)


「他の浴室は、こんなに広くないものね」


 広くないとはいえ、ベッドふたつ分くらいのスペースに水道と簡易的な風呂桶がついてる。

 1日の汚れを落とすのには充分すぎるくらいなのだけど……やっぱり物足りなさは感じる。


 それに比べるとこの9階の特別浴場オアシスはまさに次元レベルが異なるのだ。

 

 否――あたしがレベルを上げたと言ってもいいだろう。


 塔の制作者が風呂好きだったのだろうか。

 もとからある程度の設備(各種浴槽、サウナ、休憩スペースetc)は備わっていて、ゴンタロに使い方を色々聞きつつ使っていたら、まんまとハマってしまった。


 それからはその日のうちに余ったゴンタロの魔法を使いつつ、あたし好みの〝温浴施設〟へと魔改造を施したのだ。

 

「みんなには悪いけど……この空間だけは〝あたしだけのもの〟にしたいのよね」


 もしも存在が知られればあいつらのことだ。毎日のように入りびたるに違いない。(むしろ、この空間に住めるほど快適に創造つくった自信がある)

 そうなったら唯一の癒しの空間――いわゆる〝聖域〟が一転して騒がしくなってしまう。それだけはどうしたって避けたかった。


「はあ……エデンの実の良い香り」


 あたしが浸かっている大浴槽にはエデンの実を浮かべていた。

 ほんのりと甘酸っぱい香りが漂ってきて、お肌もしとしとになる。

 塔の水は地下から汲み上げた井戸水だ。泉質的にアルカリ性で、とろとろした感触が身体にまとわりついてくるようで心地よい。


「このままずっと入っていられちゃうけど……このあともたのしみがあるのよね」


 あたしはゆっくりと浴槽から立ち上がって、近くのテーブルに用意してあったタオルで水分をふき取る。

 そのまま身体に巻き付けて、次は小さめのタオルを手に取って。髪の毛をまとめるように頭に巻き付けた。




 ――さあ、待ってなさい。あたしのメインディッシュ。



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