幕間劇:ひとっぷろ浴びよう!②
さあ、いよいよあたしのメインディッシュ。
「――〝サウナ〟の時間ね」
最初はただ熱いだけで苦手だったけれど。
ゴンタロに正しい使い方を聞いて試して以来、今ではすっかりハマってしまった。
「それじゃ、よろしくお願いします」
ぺこり、と礼儀正しくサウナの入口で頭を下げる。
室内の端っこに置かれた、丸太を積み上げるように作られた木製の小屋だ。
入るとすぐに威圧感のある薪のストーブがお出迎えしてくれた。
中は薄暗く、ふたりも入ればいっぱいになる密度の高い空間だ。
「――ふう」
ストーブの正面の段差に腰掛けて一息。
壁にかかった温度測定用の硝子製魔道具を見ると、温度は95度を示している。
「確かに熱めだけど湿度があるおかげで肌にも優しいし、じっくり入っていられるのよね」
目を閉じて、ぱちぱちと弾ける
身体が内側にまで熱をもって、じんわりと汗が肌に滲み始めた。
「そろそろ、アレをしようかしら」
あたしは足元に用意してあった桶の水を、
それを薪ストーブの上に積み重ねられた石へと零すようにかけた。
じゅわあ、と熱せられた石の上で何かが弾けるような心地よい音とともに蒸気が立ち昇る。
やがてそれは室内を満たし、あたしの肌を包み込むように熱波を届けてくれる。
「熱い……けど、これがたまらないのよねえ――」
急激に体感温度が上がるが、もう少しだけ我慢。
色々頑張った自分への御褒美で、もう一杯水を掬って熱石にかけてやる。
今度は壁にかかっていた
ふたたびあたしの肌を襲う熱波に、思わず『ふうっ』と声が出た。
(ちなみに桶の水もエデンの実を浸した井戸水だ。おかげで甘酸っぱいアロマが鼻孔をくすぐって、あたしは嗅覚からも癒されていた)
「……そろそろいいわね」
体中から汗が滴るようになってきた。
心臓の鼓動もふだんの倍ほど早鐘を打つ。頃合いだ。
それでも焦らずに、あくまでゆっくりと。
サウナ室の扉を開いて外にでる。
近くに置かれた手桶で大浴槽のお湯を掬い、全身の汗をしっかりと流してやった。
そして熱でぼうっとなった頭のまま、ふらふらと夢心地で〝水風呂〟へと向かう。
ひんやりと冷気が漂うその湯舟に対して、まずは足先から。続いて手をそっと浴槽の中に入れる。その冷たさが、ぞくぞくと背筋を震わせた。
手足が終わったら、そのまま慣らすように表面に水をかけて――そのあとは一気に、全身を浸からせた。
「……んっ! はあああぁぁぁ~~~~~っ」
自然と漏れる声は我慢してやらない。
急激な冷感刺激で力んだ身体から、ゆっくりと力を抜いていく。
冷たい。けど、気持ちいい――
水はもちろん井戸水だ。まろやかな肌触りで、相当冷たいはずなのに肌を突き刺すような刺激は一切ない。
むしろ身体をそっと包み込んでくれるような優しさすらも感じる。
そのまま1分ほど経ってから、ゆっくりと身体を外に出す。
近くのテーブルに置かれたタオルで身体の水気を拭ってから――
あたしは大浴場の扉から廊下に出た。
「これがもうひとつ――〝人払い〟をした理由なのよね」
念のため扉の影からきょろきょろと外の様子を伺ってから(よし、だれもいないわね)、9階の廊下の突き当りへとやってくる。
そこにはあらかじめ用意しておいた〝寝ころびチェア〟が置いてある。
(ちなみに、こういったひととおりの物はゴンタロに用意してもらった。っていうか基本はすべてゴンタロ産だ。今までもこれからも『あれ? こんな閉鎖的な塔の中なのに、どこで手に入れたんだ?』なんて疑問がもし湧くことがあっても、それはすべてゴンタロのおかげ。ありがとうゴンタロ、大好きよ――この機会に過剰なまでのお礼を伝えておくわね)
「ふう、よいしょっと」
新しいふわふわのタオルを身体に巻いたまま、そのチェアに横になる。
わざわざ廊下に出た理由は――目の前にあった。
「穏やかな風に
そこだけ大きく切り開かれた窓からは、まさしく心地よい風が吹き抜けて。
空に広がる〝満点の星空〟が見渡せた。
「はあああぁぁぁ~~~~~」
長い息を吐いてから、あたしは休憩タイムを堪能した。
温感刺激で充分に身体を熱したあと、水風呂による体温の急激な低下。
そのあとにこうして休憩を挟むことによって――あたしは極上の快感を享受できるのだった。
「嘘みたいだけど、本当なのよね――」
体重を椅子に預け、何も考えずにじっと横になっていると。
脳の中からじいんと快感物質が分泌されて、体中に広がっていくのを感じる。
「はああぁぁ。幸せぇぇぇ――」
思わず感情が口から漏れた。
辛いこととか、悩みとか。そういうものは全部彼方へと吹き飛ばして。
ただただ全身を駆け巡るシアワセの波の中を、あたしの精神は漂っていた。
「……なんだか、3バカのことで振り回されてたことが、まさしくばかみたいね」
心臓の鼓動が徐々にもとのリズムを取り戻していく。
たっぷりと快感の余韻に浸った後に椅子から立ち上がって。
近くのテーブルにセットしておいたデキャンタから、コップに水(エデンの実入り)を移してたっぷりと飲んだ。
「ぷはあ~! 汗を出した分はしっかし水分補給をしないとね」
このひととおりのセット(サウナ→水風呂→休憩→水分補給)をあと2回ほど繰り返すと。
あたしの中からすべてのストレスが浄化された。
言い過ぎでもなく。夢でもなく。
ただただ
「はぁ~……よく、こんな気持ちいいことが合法で許されてるわね……あれ? もしかしたら塔の外じゃ取り締まられてたりするのかしら」
それが冗談とは思えないくらいに、実際にあたしの感覚はクリアに洗われ研ぎ澄まされていた。
「うーん、なんだかヤバイことを勧めてるみたいになってきたけど、単に入浴してるだけだしいいわよね♪」
楽しみはまだまだ終わらない。
このあとあたしの部屋には、事前にこっそり運び入れたあたしの好物料理のフルコースが待っているのだ。
「お風呂に入ったあとのご飯って、とっても美味しいのよね~」
今から想像してじゅるりと涎が垂れた。いけないいけない、これじゃマロンのことを笑えないわ。
「ふぅ~、癒された~。たまの贅沢もいいものね」
もしかしたら。
いつかはこの贅沢を、一緒に隣で堪能してくれる〝だれか〟が見つかるかもしれないけれど。
「少なくとも、今だけは――」
ここはあたしの楽園だ。
だれにも秘密にしている、王子禁制の
「――よしっ」
気合を入れるように声を出して。すべすべになったお肌をぱちんと叩いて。
どうしようもなくなる前に。どうしようもなくなった時のために。
あたしは自分だけのオアシスで、こうして英気を養うのだった。
「明日からもがんばろーっと♪」
☆ ☆ ☆
「あれ、カグヤ……なんだか今日すっごくいい香りがするね」
8階。リビングのソファでくつろいでいると、近くで本を読んでいたクラノスにそう言われた。
「ほんと? えへへ、ありがとー」
ちゃんと細かい変化に気づいてくれるなんて、やっぱりクラノスは気が利くところあるじゃない。
「どれどれ~」
くんくん、とマロンが犬のように鼻をひくつかせる。
「ほんとだ~良い匂い!」
彼は天真爛漫な笑顔を浮かべたあと、付け足すように言った。
「ふだんとは大違いだね!」
ぴくり。
隣にいたクラノスの方がこめかみを震わせたけれど――
昨夜の〝オアシスタイム〟で充分に癒された今のあたしには、どうってことはない。
「すこし言い方に御幣があるわね、マロン☆ うふふふふ」
あたしは笑顔で言ってやる。
きっとマロンなりに〝いつもと違う香り〟というのを言いたかっただけなのだろう。
そうに違いないわ。そう思うことにする。
「……あれ? それ、だけ?」逆にクラノスが、心配そうにあたしを伺ってきた。
気持ちは分かるわ。
確かにいつものあたしならマロンに対して『あ?(クソデカ怒気)』と顔を引きつらせていたかもしれないけれど。
今のあたしはこんなことくらい、簡単に流せちゃうのだ。
――ストレスメーターの容量が上がった、って感じかな。
「ふふ。あたしって大人ね」
今ならどんなことでも受け入れられる気がするわ、と呟いていたら、
「よう、カグヤ。少しいいか?」
ミカルドがやってきた。
「ふふふ~ん♪ どうしたのミカルド。なにか良いことでもあったかしら?」
鼻歌交じりにあたしは聞いてやる。
「ちょうど今、朝の散歩から戻ったのだが、」
ミカルドは淡々と、普段通りの澄ました表情で言ってきた。
「我の
ぴくり。
あたしの中で何かが反応したけど、大丈夫。
今のあたしなら――
「それで、どうしたの……?」
ミカルドは続ける。
「ああ。そのまま窓からカグヤの部屋に顔を突っ込んで――
あたしのメーターは振り切れた。
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次回よりいよいよ第二章『増殖する王子さま☆』篇に突入です!
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