2-23 夜風にあたろう!


「なんだか、どっと疲れたわ……」


 今日も〝ハチャメチャ王子様ーズ★トラブル満載お世話生活!〟を終えて。

 なかなか寝付けずにいたあたしは気分転換に屋上にやってきていた。


「思えばここまで、激動の数か月だったもの」


 塔の上でひとりで暮らしていたあたしのもとに、次々と〝おもてたんと違う〟王子様が現れて。

 お互いの個性が違い過ぎるが故に日々の衝突は増えていくばかりで。

 もちろん家事を分担できるようになって楽になった部分もあるけれど……(ここについてはアルヴェとイズリーに本当に感謝ね)

 それでも〝ひとりの頃にはなかった疲弊〟で毎日がだ。

 

「はああ~~~……」


 大げさに溜息を吐いてみるけれど。

 その自分の口角が、不思議とことに気が付いた。


「確かに疲れはするんだけど……別に、嫌いじゃないかもね」


 だれに言うでもなくあたしは独りごちる。

 心地よい疲れ――というには量も質も凌駕しすぎているかもしれないけれど。

 それでもこうして1日が終わると達成感からか胸が温かくなるし。

 その日にあった様々な出来事を思い出しては『まったく、くだらないんだから』なんて言いつつも、ついつい笑顔になってしまう。

 ついつい怒鳴りたくなってしまう。ついつい彼らの顔が思い浮かんできてしまう。


 ――それらすべての感情が、ひとりで暮らしていた頃には決して感じることのなかったものだった。

 

「そっか……今日は新月なのね」


 空を見上げるといつもと比べて随分と暗かった。

 ふとした時に優しい光を届けてくれた青白い月は、今日はどこにも見当たらない。


 ――いつか、あたしの〝本当の王子様〟は迎えに来てくれるのかしら。


「それとも、もうにいたりして――なんて」


 

 そんなあたしの呟きは、暗い夜空の中に消えていく。



     ☆ ☆ ☆



「こんな時間に何をしている」


 場所は引き続きエヴァの屋上。新月の夜。

 声をかけられ振り向くと、一番最初にドラゴンに乗ってきた我儘わがままキザ皇子――ミカルドが立っていた。


「ちょっとね……うまく眠れなくて」


 すこし落ち込んだような素振りであたしは言った。

 しかし慰めの言葉を期待したあたしは、このあと痛い目をみることになる。


「……やはり結石けっせきで痛むか」


「結石じゃないっつってんでしょ!」


 まったく本当に失礼なやつね、とあたしは憤ったけれど。

 ミカルドの視線と表情は、本当に病人を心配するような真剣さに満ちていたので。


 ――本気であたしのことを心配してくれてのことかもしれないわね。


 などと、ほんのちょっぴりだけ感謝することにした。

 それとともに、何回言ってもあたしに結石患者のレッテルを貼ってくる分はしっかり王子様ポイントから引いておいた。


「カグヤ――記憶は思い出したか?」


 そのあとふたりで屋上の縁の壁にもたれかかるようにして。

 月のない星空を眺めていると、そんなことを聞かれた。


「ううん。まだ……なにも」


 あれから時折王子たちはあたしの記憶を思い出させようと奮闘してくれていたけれど。

(そのほとんどが〝まったく効果が期待できなさそうな怪しげな方法〟だったので詳細は割愛しておく。ま、彼らなりにあたしのことを一生懸命考えてやってくれてるのは伝わってきたから感謝はしてるんだけどね)

 

 そのすべてが失敗に終わり、記憶は未だ思い出せないままだ。


 唯一の手掛かりになりそうなのは――地下倉庫で入手した

 そのことは他の同居人おうじさまたちには言っていないけれど。

 

 ――たぶんあれは〝過去のあたし〟が書いたものだ。


 しかし冊子には〝カギ〟がかかっていて、中を開くことはできていない。

 カギ自体もどこかにないか、あたしの部屋や8階の大広間などを捜してみたけれど。

 結局それらしいものは見つからずじまいだった。


「そうか、残念だな」


 ミカルドが隣で淡泊な声で言った。

 他人事みたいなその態度にクレームでもつけてやろうかと隣を向くと。


「…………」


 いつもと少し違った、どこか寂しそうな横顔を浮かべていたので。

 あたしはクレームの言葉を飲み込んだ。

 

(あらためてみると、やっぱりどこまでも整った顔立ちね)

 

 白い肌に長いまつ毛。きらきらと儚げに輝く銀の髪。切れ長の目に凛々しい鼻立ち。

 背も高いし恰幅もいい。やっぱり〝黙ってさえいれば〟どこまでも幻想的でクールなイケメンで――


 まるで、このみたいな人だなとあたしは思った。


「……あ」


 ミカルドの横顔の先の屋上に、とあるものが目に入った。

 それはひとつの〝植木鉢〟だ。


 以前ミカルドの記憶世界から戻ってきた時に。

 どういう仕組みか分からないけれど、なぜか一緒についてきた〝エデンの実〟――その種を植えてみたのだった。


 夢の中で食べたそれは、ゴンタロが出してくれるいつもの実よりも甘さが際立っていて。

 

 ――実のひとつでもつけてくれたらいいな。


 なんて気持ちもあったのだけど。

 実際は実どころか、未だ芽のひとつも生えていない状態だ。


「あの時のエデンの実、美味しかったな……あーーーーーーーーーーー!」


 あたしは唐突に叫んだ。

 隣のミカルドがびくっとしてこちらを振り向く。


「どうしたカグヤ、体内で結石が動いたか」


「違うわよ! 結石から離れろや!」


「痛みで叫んだのかと思ったぞ」


「仮にそうだとしても、こんな夜更けの空に向かって唐突に奇声は発しないわよ! そうじゃなくて……」


 あたしはミカルドに身体を向けて言ってやる。


「思い出したのよ!」


 ミカルドの記憶世界から帰る時。

 まさしく、そのエデンの実が頭にぶつかったショックで忘れていたけれど。


「ミカルドのね、記憶の中に――


 そうだ。

 あたしを城の中の部屋に連れ込んだあと、ミカルドは〝少し待っていてくれ〟と部屋を飛び出して。

 向かった先の中庭――ちょうどエデンの樹の前で。

 門の向こうからやってきた黒い馬車から降り立ったのは、間違いない。


 だった。


「ねえ、ミカルド――」


 紡ぎ出した言葉はもう止まらない。

 もしかしたら、このことは〝あたしたちの関係〟に何か決定的な影響を及ぼすことになるかもしれない。


 それでも。


 あたしが一歩を進むためには、どうしても必要な気がした。


 だから。


「あたしたち――前に会ったこと、あるの……?」


 はっきりと。正直に。

 


 新月の夜のような王子様に向かって、あたしは聞いてやった。


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