1-19 全力でツッコもう!(マロンの記憶)


「ごめんごめん」マロンがいつもの明るい調子で言った。「おれはいっぱい美味しいご飯もらえる家庭で育ったから安心して~」


「びっくりさせないでよね、普通に信じたわ……」


 マロンの記憶の中に飛び込んだかと思ったら見せられた〝衝撃的な過去の映像〟――

 それはどうやら、マロンが昔読んだの内容に関する記憶だったらしい。


「ていうか、その童話確実に教育に悪いから焚書ふんしょすることを勧めるわ」


 ふだん明るく振る舞う背景にあんなヘビィな過去があったなら、と考えてため息を吐く。


 ――あやうく、これからマロンに対して優しくするところだったじゃない。


「正しいおれの記憶はね~、こっち!」


 マロンが空に手をかざすとその掌が〝ぽわわわわわ〟と光りだした。


「今度はちゃんと、おれの自身の記憶だよ~」


 空に浮かんでいたあたしたちの体は、マロンの掌から放射状に広がる光の乱舞によって白く染まっていく。


「って! なんであんたが、ゴンタロの魔法をなんなく操ってるのよおおおおおお――」


 そんなツッコミごと、あたしはマロンの真の記憶の中へと吸い込まれていった。




     ☆ ☆ ☆




「でかい、肉だな」


 先に到着していたミカルドが言った。

 言葉のとおり、あたしたちの目の前には〝巨大な肉〟があった。

 そして。

 部屋の天井にまで届かんとする大きさのその肉を――


『わ~~~、おいし~~~~~!』


 マロン――正確には、【記憶世界の中のマロン】が食べていた。


『金色龍のお肉だっけ? こんなに大きいの初めてだよ~夢みたいだ~』


 ばくばくばく。もぐもぐもぐ。

 見てるこちらが幸せになるくらい美味しそうにマロンが食を進めていると――


 ぐるぐるぐる。

 突如目の前の光景が震え始めた。


「きゃっ、なに……?」


 湯気に映る蜃気楼のように不安定になった景色が、渦を巻いて光の中へと集約されていく。

 やがて景色は新たな輪郭を取り戻していき、光の中からまた〝新しい記憶世界〟が現れた。


「あ! またマロンの新しい記憶ね……!」


 どうやら情景シーンが移り変わったようだ。


 今度の記憶の中で、マロンは――


『おいし~! 最高~!』


 プールほどもある巨大なプリンを食べ進めていた。


「……またご飯?」


 ぐるぐるぐる。

 ふたたび目の前が震えてシーンが変わる。


 次の記憶の中でも――


『この魚料理、めちゃくちゃ美味しいね~!』


「なんで食事風景ばっかなのよ!!!」


 いよいよ耐え切れずにあたしは突っ込んだ。

 なんであたしはマロンの食事シーンばっかぐるぐると見させられてるのよ。

 こいつの脳内にはご飯のことしか残ってないんか!


「……って、本当にその可能性ありそうね」


 自分の記憶の中のことにも関わらず『いいなあ、美味しそ~』とよだれをじゅるじゅる垂らしている様子をみると、あながち間違ってもいなさそうだった。


「まったく。最初の映像を見させられたときはどうなるかと思ったけど」


 次々に運ばれてくる料理を満面の笑みで口にしている様子を見ているとなんだか安心できた。

 まったく。見てるこっちも笑顔になっちゃうくらい幸せな人生を生きてるわね。


 あれ? そういえば。


 ――さっきから運ばれてくる料理、ものすっごくじゃない?


 今食べているのはコース料理になっているのだろうか。

 内容だけではない。盛り付けや食器のひとつひとつ取っても鮮やかで贅沢感に溢れていた。

 それらをやはり高級な服装に身を包んだ数多の人々が列をなすようにマロンのもとへと運んでいる。


「人もたくさんいるし……あら?」


 視界のうち、それまでに見えていた部分が次第に広がっていった。

 どうやらここはどこかの大広間だったようだ。


「わー、すっごく綺麗で広い場所! 天井も高いし、まるでお城みたいね――って、」


 〝数多の人々〟とは言っていたが。

 さすがにこれはあまりにも


 豪華絢爛な家具など様々な調度品が並ぶ空間に、高貴な人々がひしめくように集まっている。

 まるでパーティーだ。


『こっちも美味しい~! 最高だよ~!』


 しかし。

 この光景が決してパーティーと呼べない点がひとつ。


『そう仰って頂き』『恐悦至極に存じます』『マロン殿!』


 部屋の中心のあまりに巨大なテーブル。

 そこをひとりで占領するように座っているマロンに対して。


 広間内のすべての人々が――敬意をもってこうべを垂れていたのだった。


『どんどんもってこ~い!』


「……え?」


 あたしは目と耳を疑った。


「待って、マロン。この方々かたがたはどこのどなた? 随分と身なりをしているけれど」


「あ、この人たちはね~、おれの手下てかだよ!」


「……手下?」


 頭の中でその言葉の意味合いがうまく現実と結びつかなかった。


「っていうか! マロンさっき〝殿下〟って呼ばれてなかった?」


「うん! だっておれは魔王の息子だしね~」


「へええ、そうなんだ。マロンが魔王の息子ねえ……」


 そういえば確かに。マロンの頭には他の人と違って〝角〟が生えていた。

 メモリー君も片手で軽く振り回してたし、とてつもない量のご飯を1日6回食べるし。

 どれもこれもマロンが〝ふつうの人間ではない〟というのだったら違和感も薄れる。


「そういえば、まわりの人たちもみんな角が生えてるわね」


「ふむ、やふぁり。マロンは魔大陸出身でふぁっふぁか」


 運ばれてくる料理をばくばく食べながらミカルドが言った。


「え!? 記憶の中だけど食べれるの!?」


 ミカルドはごくりと口に入れている分を飲み込んで、


「ああ、試してみたらいけた」


「試してみるのはいいけど……料理運んでる人めちゃくちゃびっくりしてるじゃない!」


 一応、あたしたちの存在は記憶世界の人たちからは見えていないらしい。

 そうなると今の状況は、いきなり目の前で料理が宙に浮かんだり、すり減っていっているようなものかしら。

 記憶の中の人が驚くのも無理はなさそうだ。心中お察しするわ。


「まったく。こいつらなんでもありね……」


 溜息交じりに呟いていたら。

 ちょうど目の前に〝美味しそうなケーキ〟を乗せたお皿が通り過ぎていったんだけど……。

 あたしは良心の呵責から(なにより『こいつらと一緒にされたくない』という意地により)手を伸ばすことはやめておいた。

 ちなみに、それを運ぶメイドさん姿の女性の頭にも角が生えていた。


「あのタイプの角は魔族の特徴だしね」


 隣で同じくをしていたクラノスが言った。


「ま。それでマロンへの見方がどうなるってことはないけど」


「ふうん……でもやっぱり一言くらいは伝えて欲しかったなあ」


 ま、そうね。クラノスの言う通り。

 それでマロンへの態度が変わるってことは、なかったのかもしれないけど。


 ――信用されてないみたいで、ちょっと寂しかったかな。


「って、いけないいけない」


 あたしったら、こんな〝腹ペコ赤ちゃん〟みたいなやつに気持ちをかき回されちゃって。

 気を取り直すように、両手でぱちんと頬を叩いてやった。


 ――やっぱりここは夢の世界なんだわ。


 だったら少しくらい。

 つまみ食いをしたって許されるかもしれない。


 ――次に目の前をケーキが通ったら。


 今度はこっそり。

 手を伸ばしてみることにしよう。


 そんなことを、あたしは思った。

 









「って、魔王の息子おおおおおおおおお!!!!!????」




 あたしは両目を思い切り飛び出させて。




 300秒ぶりに、ツッコんだ。




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ここまでお読みいただきありがとうございます!

明日以降も、完結まで毎日更新予定です。


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(これからの執筆の励みにさせていただきます――)

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