1-20 ひとあわ吹かせよう!(物理)




「はーーーーびっくりした。まさかマロンが〝魔王の息子〟だったなんて」




 あまりの衝撃にしばらくの間スルーを決め込んでいたけれど……。

 今あらためて聞いても信じられない事実ね。


「あやうく目ん玉が飛び出るかと思ったわ」


「いや、実際めっちゃ飛び出てたけどね」クラノスが言った。


 マロンの記憶の中からあたしたちは帰還して。

 エヴァの8階、リビングの大机を囲むようにソファに座っている。


「あんたたちはいいの? その……魔王と、一緒にいて」


 あたしが言いにくそうにしていたのを見抜いたのか、ミカルドが端的に説明してくれた。

 なぜか、こういうところの勘は鋭いのよね。


「確かにその昔、魔族と人類は水と油のように対立していたと聞くが、今の魔王――ちょうどマロンの親ということになるのか」


 ミカルドが背後のマロンにちらりと目をやって続ける。


「代替わりがなされてからは関係は良好だ。魔大陸を統治する王とその種族という認識で、敵対などはしていない」


「ふうん、そういうものなんだ」


「なかなか魔大陸から外には出てこない種族だからな。この我ですらも実際にみるのは久方ひさかたぶりだ」


 どこか含みを持たせるようにミカルドが言った。


「あれ……でも魔王の息子ってことは」


 あたしは口元に指先を当て考える。


「――マロンも〝王子様〟ってことじゃない……!」


 そんな〝魔族のプリンス〟であるはずのマロンを見ると、彼は――床に突っ伏して泣いていた。


「な、なんで泣いてるのよ?」


「なんでも記憶の中でご飯を食べ損ねたらしいぞ」ミカルドが言った。


「だって~~~、実際に食べられると思ってなかったんだもん~~~~」


 涙声でマロンが訴えた。

 やっぱり〝魔王の息子〟とかいうイカツイ肩書とは程遠く思えるわね……。


 いくら慰めても涙は止まらなかったので、あたしはとうとう観念して言った。


「……はあ。このあといつもより多めにご飯作ってあげるから」


「ほんと!?」


 涙は一瞬で止まった。

 まったく、本当に現金な王子様だ。




     ☆ ☆ ☆




「これで――残ったのはミカルドだけね」


「む? 何の話だ?」


「記憶の話よ」


「……我は要らん」


 ミカルドがどこか伏し目がちに断ってきた。


「協力してくれるんじゃなかったの?」


「協力するもなにも、カグヤの記憶を取り戻すのに我の過去は不要であろう」


 言われてみればもっともかもしれない。

 だけど――


「なんか面白そうじゃない?(もしかしたらヒントになるかもでしょう?)」


「……おい、本音が漏れているぞ」


 ミカルドは顔をしかめてから、ぷい、とそっぽを向いた。


「ふふふ。そうは言っても逃げ切れるかしら」あたしは不敵に笑って言ってやる。「あたしがゴンタロにお願いすれば、それで見れちゃうんだから」


「……やれるならやってみるがいい。そんなことで我の記憶は覗けん」


 威圧的かつ自信満々にミカルドが言ってきた。


「どこまでも強がりね。それじゃお言葉に甘えさせていただくわ」


 あたしは満を持してゴンタロにお願いをする。


「ゴンタロ! ミカルドの記憶を――」


 その瞬間。

 ミカルドがゴンタロを思いっきり


「オラァッ!」


 そして無慈悲に壁へと激突し――ゴンタロ(2世)は粉々になってしまう。


「ゴ、ゴンタローーーーーーーー!!!!」


 あたしは叫びながらゴンタロの破片へと近寄った。


「なんてことをしてくれるのよ!」


「それはこっちの台詞だ。我の記憶は覗かなくていい」


 くう……! まさかこいつ物理的な拒否作戦に出てくるとは……!


「っていうか強引にもほどがあるわよ! ゴンタロの魔法を物理で攻略するなんて……無茶苦茶じゃない」


 いくらゴンタロが割れてもがあるとはいえ、毎度割れてしまうのは忍びない。

 あたしは地団駄を踏みながらミカルドの悪口を言ってやる。


「この卑怯者! 強情キザ男!」


「ふん。なんとでも言うがいい」


「やーい、お前の一人称〝われ〟ー!」


「やめろ! その悪口は地味に傷つく……!」


 幼少の頃からの癖だ、致し方ないだろう、とミカルドは歯を食いしばり床を拳で叩いた。


「効いてる効いてる。ゴンタロの分の借りは返せたかしら」


 あたしはキッチンの下からゴンタロ(3号機)を取り出しながら言った。

 このゴンタロはに使っていた時のやつだ。このサイズ感でこの重み……結構便利なのよね。


「それにしても――どうしたものかしら」


 こうなりゃ意地よ。絶対にミカルドの記憶を覗いてやるんだから……とあたしは目の奥に炎をたぎらせる。

 とはいえ具体的にどうすれば超高速で飛んでくるミカルドの足蹴りを躱しつつゴンタロにお願いできるのか、作戦は思い浮かばないでいた。


「ミカルドは何をそんなに嫌がってるのさ」


 クラノスが見かねた様子で言う。


「別に記憶くらいいいじゃん。減るもんじゃあるまいし」


 無邪気な口調でそう言っているがあたしには分かる。

 クラノスはきっとミカルドの記憶から何か〝弱み〟を引き出したいのだ。


 ――イカ王子の恨みを、晴らすために。


「にやり」


「あーほら! いま悪い顔した!」


「何をしたって無駄だ。我は決して記憶は見せ――」


 しかし。

 そのミカルドの言葉は最後まで続くことはなかった。


「……っ!!!!!!?」


 ドゴオオオオン。

 いつの間にか背後に立っていたマロンが。

 手にしたメモリー君(巨大ハンマー兵器)で、思いっきりミカルドの頭をジャストミートしていた。


「マロン!」


 ミカルドの体がゆっくりと、ゆっくりと――

 床に倒れていく。ドサァ。


「よし、これでおっけ~」


 一仕事終えたあとのようにマロンが腕で額を拭った。


「……はたから見たら全然『おっけ~』からはかけ離れてるんだけど……」


 背後から〝ハンマーでどん!〟など、今日び悪役すらはばかる行為な気がする。

 だけど――ミカルドにはふだん色々苦労をかけられてることだし。


「ま、いっか☆」


 気を失い地面に突っ伏し泡を吐くミカルドを前にして。


 あたしは自分を納得させ、マロンに向かって親指を立ててやった。


 マロンも達成感からか嬉しそうにピースをした。


 クラノスは『ざまあみろ』とげらげら笑っていた。




 ――うん。ふたりとも心優しい〝王子様〟にふさわしい振る舞いね♪




     ☆ ☆ ☆




「それじゃあいくわよ!」


 あたしはゴンタロ(3代目)に向けて叫んだ。


「ゴンタロ! ――ミカルドの記憶を覗かせて!」


『ガッテンデイ!!!』


 ぽわわわわ。

 いつもの声。いつもの光。


 ――だけど今回は。


「……あれ? ミカルドの身体が?」


 気絶したミカルドの身体は浮くことなくリビングに取り残されたままだった。

 

「そんなに気にすることでもないのかしら――?」


 あたしはそれ以上は深く考えずに。

 世界を飲み込んでいく光の奔流の中へと、もはや慣れた挙動で。




 ――身を、預けた。



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