2-18 楽して鍛えよう!


~前回までのあらすじ~


 筋肉があればなんでもできる! 


 

     ☆ ☆ ☆

 


 エヴァの内部に、ひそかな筋トレブームが訪れていた。


 発端となったのはもちろん〝熊に乗ってきたマッチョ〟――アーキス(501号室になったよ!)だ。

 いつものごとく『男同士のコミュニケーション』をうたった洗礼(その実は〝なんかこいつ面白い部分持ってないか〟の深掘り&まさぐり)を受けたアーキスはまんざらでもなく(確かにそういう男子間のノリが好きそうな性格ではある)、すっかり皆と打ち解けた。


 特にアーキスが語るトンデモ筋肉神話に対し既存残念王子たちはやんややんやと歓声をあげ、すっかり虜になったようだ。

 実際にアーキストの筋肉美は彫刻のように美しいけれど(腹筋とかは割れすぎて虫みたいになってるけど)……。


 とにかく筋肉に魅入られた彼ら(アルヴェ以外)は、5階の空き部屋に様々な器具をもちこんでジムめいたものをこしらえて。

 本人達いわく〝隙間の時間を縫って〟筋トレをするようになった。

 

 ――あんたちの生活はいつもだらけじゃない。


 というあたしの呟きは、彼らが筋トレする『フンッ! フンッ!』という荒い息にかき消されるだけだった。


 ちなみにあたし自身の生活は特に筋トレブームからの影響は受けていない。

 しいて挙げるならなんだか室内温度が高くなった気がするのと、皆に作る食事の質がプロテイン寄りになったことくらいだ。


「ねえ、カグヤ。俺も――やったほうがいいのかな、


 そういって不安そうな瞳を向けてくるのはアルヴェ。

 今は熱心に筋トレに励む残念王子たちは放置して、あたしとふたりでリビングで優雅にティータイム中だ。


「かわいそうに、アルヴェ。気になっちゃったのね」あたしは胸が締め付けられるような気持ちになった。「アルヴェはそのままでいいのよ、決して〝悪〟には染まらないでちょうだい」


 勝手にを悪と決めつけて、アルヴェが筋肉マッチョになる道を未然に防いでやる。


 アルヴェの可愛いクールフェイスで身体だけムキムキなんて――


「それはそれで新たな性癖の芽吹きが――? って、さすがのあたしもそこまでレベルは高くないわ」


「カグヤ?」


「あ、ごめんごめん!」


 あぶないあぶない。

 もう少しで〝クール美少女マッチョ色白メイド(中身は男)〟という性癖の交通渋滞に巻き込まれるところだったわ。


「ま、身体を鍛えたり運動したりすること自体はいいことだけどね」


 健康にも良さそうだし。やりすぎにさえならなければ。

 

 その一方で――

 ソファに座り直そうとしたら、ふいにあたしのお腹に手が当たった。

 う……そういえば家事をアルヴェとイズリーが手伝ってくれるようになってから、毎日の運動量は減った気がするわね。


「あたしもちょっとは鍛えてみようかしら」


 最近やってくるのが残念王子ばかりで油断していたけれど。

 あたしは理想の王子様を待つお姫様の身なのだ。

 いつかのその時に幻滅されてしまわないように。


「体型維持くらいはしたって、損はないわよね」



     ☆ ☆ ☆



「んあ? 部屋で簡単にできて脂肪がすぐに落ちて楽して鍛えられるトレーニング方法を教えてほしい、だと?」


「うん♪」


「……もう一度確認してもいいか、カグヤ」


 もちろん、とあたしは頷く。


「部屋でできて脂肪が落ちて鍛えられるトレーニング方法、で合ってるか?」


「あ、できれば寝っ転がってできるのが理想なんだけど」


 自室の床で腕立て伏せを行っていたアーキスは、ふと動作を止めて。

 信じられないように目と口を開いてきた。

 

 ――あれ? あたし、変なこと言ってるかしら。


「だって器具とかも使い方分かんないし、なんか大げさで抵抗感あるし……わざわざその場所に行ったりするのも大変だし。結果もなかなか出ないよりは、すぐ目に見えて分かった方がモチベーションに繋がるじゃない?」


 するとアーキスは無言で立ち上がり壁にかけてあった白いシャツを羽織った。

 そして、すうううう、とゆっくり息を吸ってから。


「……筋肉に」


 彼は大声で、叫んだ。


「謝罪しやがれーーーーーーーーーーーーーーーーー!」


 ばつん!

 刹那の筋肉の膨張で、白いシャツがはじけ飛ぶ。


「きゃああああああ!?」


 勢いにやられてあたしはのけぞった。


「って! なんで一回白シャツ羽織ったのよ!?」


 わざわざ破るために着たとしたら意味ないでしょうが! とあたしは突っ込むが、アーキスは最早聞く耳を持っていないようだった。


「この大馬鹿野郎め!」


 なぜか手を両手にあげを決めながらアーキスは言った。


「いいか? 筋肉を鍛えられる方法なんつーものは、この世に存在しねえ。世の中の筋肉はすべらく、皆が苦労した結果としてそこに存在するのみだ」


「そ、それは分かってるわよ。その中で、すこしでも楽ができたらなあって……」


「その発想自体が筋肉を馬鹿にしてやがるんだ!」


 彼はポージングを様々に変えながら、最後に〝びしい〟と指先をあたしに突き立てて言った。


「第一だな! マジで〝簡単に筋肉がつく魔法のような方法〟があるんなら、だれもが既に試しているはずだろーがよ!」


「ぐさっ!!!!」


 なんだか胸が抉られるような衝撃だった。

 まさか普段は不条理に振り回されて苦労してるこのあたしが、真っすぐな正論で怒られるなんて。

 

「うう……なんだか余計に心にずんとくるわね……」


「筋肉は一日にしてならず! さあ、言ってみやがれ!」


「え? 言うの? ……筋肉は、」


「声と筋肉が小せえ!」


「筋肉も!?」


 そんなこと言われても、その筋肉を鍛えようとここにやってきたのだ。

 仮に小さい筋肉を大きくしろという意味なら、まさに今〝一日にしてならず〟と叫ばされてるとこなんですけど!


「き、筋肉は!」不満はあったが、あたしはひとまず叫ぶことにした。「一日にしてならず!」


「筋肉は裏切らない!」


「裏切らない!」


「筋肉は宇宙だ!」


「筋肉は……え!? 宇宙!?」


「筋肉は〝人生〟だ!」


「勝手にあたしの人生指針ポリシーを変えないでーーーーー!」


 そのあとも、あたしは筋肉に対する美辞麗句やら迷言やら教義やらをひたすら叫ばされた。


 すこしでも手を抜けば『そんなんじゃ正しい筋肉の鍛え方は教えてやれねーぞ!』と凄まれたのだが。

 あたしは『いや、べつに教えてくれないならそれでもいいんだけどな……』と心の中は冷めていた。

 いやだって! そもそも〝そういえば筋トレって効率の良いやり方とかあるのかな〟ってちょっと気になって聞いただけだし!

 それを〝このままだと人生が終わるぞ〟くらいのテンションで来られても困るだけだ。


 そんなことを考えていたら……ばん!

 肩を大きく叩かれた。

 てっきりあたしの不敬な内心を見抜かれて、怒られるのかと思ったら。


「良い声と筋肉、出るようになったじゃねーか!」


 などと、むしろあたしの態度を絶賛してきた。

 ていうか〝良い筋肉が出る〟ってどういう状況!?


「きっと筋肉も喜んでるぜ……!」


(喜ぶどころか、めちゃくちゃ筋肉に失礼なこと考えてたんだけどな……)


 なんてことはもちろん口には出さずに。

 曖昧な笑顔を浮かべて誤魔化しておくことにした。


「あ、ありがとー。あはは……」


 これでひとつ分かった。


 ――いくら筋肉を鍛えたとしても、人の気持ちは読めるようにはならない。


 心に留めておくことにしよう。

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